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[浅草鳥越 天文台編]
掲載日情報:2024/03/08 現在Webページ番号:80492
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フナコシ株式会社も会員である一般社団法人日本試薬協会は、平成27年に発足15 周年を記念して、3 月9 日を「試薬の日」に制定しました。
日本で初めて「試薬」という言葉を造語した、美作国津山藩(岡山県津山市)藩医で蘭学者の「宇田川 榕菴」(うだがわ ようあん、1798 年~1846 年)の生誕日に因んでいます。
宇田川 榕菴はその学殖を買われ、江戸御府内浅草にあった幕府天文方の「蛮書和解御用(ばんしょわげごよう)」の一員として蘭学書の翻訳にあたりました。
蛮書和解御用は、天文方高橋 景保の提唱により1811年(文化8年)に設置された、徳川幕府の蘭書の翻訳機関でした。
榕庵先生は1826年(文政9年)に天文方蛮書和解御用訳員となり、天保3 年(1832 年)に「舎密(せいみ)試薬編」を刊行し、1837年(天保8年)から没後の1847年(弘化4年)にかけて、英国人W・ヘンリーの原著をもとに「舎密開宗(せいみかいそう)」という全21 巻の大部の書を翻訳・刊行しました。「舎密開宗」は、日本で初めての近代化学を体系的に紹介した書物です。
天文台跡は現在では普通の市街地で、江戸通りと蔵前橋通りの交差点(東京都台東区浅草橋3丁目20-11)に、台東区教育委員会による30 cm × 45 cmほどの金属製の案内板があるのみです。案内板によると、周囲約93.6 m、高さ約9.3 mの小高い築山の上に、約5.5 m四方の天文台が築かれていたそうですが、その広大な敷地跡には築山は見当たりませんでした。
幕府の天文台が描かれた、葛飾 北斎『富嶽百景 』鳥越の不二*
天文台が置かれていた蛮書和解御用跡地そばに立つ、台東区教育委員会による案内板
* 画像の出典:葛飾北斎 著 ほか『富嶽百景』3編,芸艸堂出版部,昭和23. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1068939 (参照 2024-02-29)
フナコシ株式会社の各年の「試薬の日」特集ページです。よろしければこちらもご覧下さい。
- 津山藩の藩医で江戸詰めでもあった榕菴先生が生活したと想定される、都内千代田区鍛治橋門跡近くの津山藩上屋敷跡を訪ねてみました。
- 榕菴先生も紹介されている『岡山蘭学の群像1』吉備人出版(2016)に触れました。
- 榕菴先生が好まれた珈琲を再現した商品を味わいました。
- 「試薬の日」 に戻る。
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