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微生物化学研究所 第1生物活性研究部部長 川田学先生

知りたい!天然物創薬 -「ものとり」という研究-
微生物化学研究所 第1生物活性研究部部長 川田学先生

掲載日情報:2025/02/17 現在Webページ番号:66073

知りたい!天然物創薬 「ものとり」という研究 公益財団法人微生物化学研究会 微生物化学研究所 第1生物活性研究部部長 川田学先生

「ものとり」はちょっと物騒なことばですが、天然物創薬の分野では、放線菌やカビなどの微生物や植物などが生産する天然化合物から目的の活性を有する「もの」を「とる」ことを意味します。天然物創薬とは、天然化合物を「ものとり」し、病気を治す「くすり」を創生することを究極の目的とした研究です。「ものとり」では、ランダムスクリーニングによって微生物の培養液や植物の抽出物に目的の活性を見出し、様々な機器や手法を用いて活性物質を精製し、構造を決定します。ここでは「ものとり」によって見出された天然化合物がもたらす予測不可能な発見の面白さを紹介します。

化合物の作用解析から生命現象をひもとく

放線菌 Streptomyces sp. MJ654-NF4が産生するCytostatinはもともとがん細胞の接着を阻害する活性物質のランダムスクリーニングから発見された天然化合物ですが、その後の研究からナチュラルキラー(NK)細胞を活性化してがん細胞の転移を抑制することがわかりました1。その作用機構を解析したところ、Cytostatinはプロテインフォスファターゼ2A(PP2A)の特異的な阻害剤であることがわかりました(図1)1。この発見からNK細胞の増殖・活性化にPP2Aが関与していることが示唆され、現在もPP2Aによって制御されるNK細胞内の分子メカニズムの解析が続けられています2、3

Cytostatin によるNK 細胞の活性化

僅かな構造の違いで全く異なる作用

PP2A阻害剤がNK細胞を活性化させることから、新しいPP2A阻害剤の探索を行ったところ、カビが産生するマイコトキシンとして知られていたRubratoxin AがPP2Aの特異的な阻害剤であることを発見しました4。一方、アトピー性皮膚炎の増悪化に皮膚のセラミドを分解する細菌由来セラミダーゼが関与することから、常在菌の一つである緑膿菌のセラミダーゼの阻害剤を探索したところ、カビ Penicillium sp. Mer-f17067が産生するCeramidastinを発見しました5。Rubratoxin AとCeramidastinは構造的にとても良く似た化合物ですが、予想に反してRubratoxin Aはセラミダーゼを全く阻害せず、一方CeramidastinはPP2Aを全く阻害しませんでした(図2)。

Rubratoxin A とCeramidastin の違い

生物は化合物の立体構造にストイック

がん組織は、がん細胞だけでなく線維芽細胞(CAF:cancer-associated fibroblast)や細胞外基質などで構成された間質と混在するかたちで成り立っており、間質はがん細胞の増殖や転移に密接に関わっています。がん細胞とCAFとの相互作用を調節することでがんを抑制できる可能性があると考え、そのような活性を示す化合物がないか探索を行いました。その結果、カビ由来抗菌物質Leucinostatin Aにがん抑制作用があることを新たに発見しました。作用機構の解析から、Leucinostatin AはCAFのミトコンドリア complex Vを阻害することでCAFのIGF-1産生を抑制し、このIGF-1を利用するがん細胞の増殖を結果的に阻害することがわかりました(図3)6。とても興味深い活性を有した化合物であるため、類縁体の合成展開をすることとしました。まずLeucinostatin Aを全合成し、天然由来のLeucinostatin Aと合成したLeucinostatin Aを比較したところ、がん抑制活性は同等とならず、予想外にも合成化合物のほうががん抑制活性が低いことがわかりました。Leucinostatin Aには不斉炭素が10以上存在します。そこで、文献報告されたそれら不斉炭素1つの立体配置を変えて新たに合成した化合物のがん抑制活性を調べてみました。すると、合成した化合物1つの活性は天然由来の Leucinostatin Aの活性と一致し、天然物の正しい構造を明らかにしました7。 このことから抗がん活性を示し、微化研が新たに単離したLeucinostatin Aの真の構造②はこれまで文献報告されていた構造①とほんの少し違うことがわかりました(図3)。

Leucinostatin A の構造と抗がん活性作用機構

ひとつの化合物が多様な作用を発揮する

がん細胞とCAFとの相互作用を調節することでがんを抑制する化合物の探索を続けたところ、放線菌 Nocardia sp. ML96-86F2が産生するIntervenolinを発見しました。IntervenolinはCAFのミトコンドリアcomplex Ⅰを阻害してがん細胞内外の酸性化を誘導することで抗がん活性を発揮する興味深い作用を示すことがわかりました(図4)8。さらに偶然にも、Intervenolinはヘリコバクター・ピロリ菌に対しても抗菌活性を発揮することがわかりました(図4)。ピロリ菌は胃がんの発症の原因菌のひとつとされていますが、Intervenolin はピロリ菌の核酸合成に必須なジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)を阻害することで、腸内細菌叢には全く無毒でピロリ菌に選択的な抗菌活性を示すことがわかりました9

Intervenolinによる抗がん活性作用機構と抗ピロリ菌活性

おわりに

今回ご紹介したものはほんの僅かですが、このように「ものとり」は人知を超えた化学構造や知見をもたらしてくれます。残念ながら現在大手製薬企業では「ものとり」が縮小傾向にあるようですが、一方である特定のタンパク質に結合する化合物や抗体薬物複合体(ADC)のペイロード(薬物部分)など、これまで以上に天然化合物の必要性が高まっています。思えば、ペニシリンを発見したフレミング先生やエバーメクチンを発見した大村先生は「ものとり」の研究でノーベル賞を受賞されたわけです。さあ、「ものとり」やってみませんか?


参考文献

  1. Kawada, M., et al., Int Immunopharmacol, 3, 179~188(2003).
  2. Shinzawa, Y., et al., Int Immunol, dxae057(2024).
  3. Shinzawa, Y., et al., BBRC, 741, 151020(2024).
  4. Wada, S., et al., Cancer Sci, 101, 743~750(2010).
  5. Inoue, H., et al., J Antibiot, 62, 63~67(2009).
  6. Ohishi, T., et al., Int J Cancer, 146, 3474~3484(2020).
  7. Abe, H., et al., Chemistry, Eur J, 23, 11792~11796(2017).
  8. Yoshida, J., et al., iScience, 24, 103497(2021).
  9. Ohishi, T., et al., Helicobacter, 23, e12470(2018).


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