HOME> 試薬> 天然物/有機化合物/糖質> 糖質> > 糖質研究用製品> レクチン101:がんバイオマーカー探索を植物のレクチンが加速させる方法
HOME> 試薬> 天然物/有機化合物/糖質> レクチン> レクチン101:がんバイオマーカー探索を植物のレクチンが加速させる方法

レクチン101:がんバイオマーカー探索を植物のレクチンが加速させる方法

掲載日情報:2023/08/28 現在Webページ番号:71208

Vector Laboratories社のサイエンスブログ(SpeakEasy Science Blog)からレクチンに関するブログをご紹介します。

Vector Laboratories社のレクチンに関する他のブログについては、サイエンスブログ「レクチン」からご覧下さい。
Vector Laboratories社のレクチン製品は標識・非標識レクチンをご覧下さい。

by Hikmet Emre Kaya, Ph.D.


グアテマラで育つヒマ種子

グアテマラで育つヒマ種子

我々は常に、細胞間相互作用におけるグリコシル化の重要性を強調してきました。腫瘍微小環境を構成する細胞にとって、グリコシル化の影響は細胞増殖や転移に関係する可能性があります。グリコシル化の影響を受けた細胞はどのようにして腫瘍微小環境周辺の細胞とコミュニケーションをとっているのでしょうか。糖鎖とレクチンの結合はユニークであり、それゆえにレクチンを活用することで生物医学研究の突破口となります。一番大事なことは、レクチンは正常細胞と腫瘍細胞を区別するのに役に立つということです。科学はどのようにレクチンを利用できるのでしょうか、そもそもなぜレクチンを利用する価値があるのでしょうか、レクチンを科学的に利用するにはどうしたらいいのでしょうか。

レクチンとその機能

レクチンは、糖鎖を認識してその機能を仲介する糖鎖結合タンパク質と呼ばれるグループの一員です。動物、植物、バクテリア、ウイルスから発見されており、糖鎖認識特性を通じて、幅広く関与しています。構造は各細胞で多様ですが、すべての種において生存に必要な機能を持っています。例えば大腸菌、大腸菌の細胞表面にあるレクチンは、ヒトの消化管の糖鎖を認識します。認識することで大腸菌は腸壁に付着し、ヒトの免疫反応から生き延びることができます1。真核生物におけるレクチンの役割は多岐にわたり、糖タンパク質のフォールディング、細胞内への移送仲介、グリコシル化や分解(グリコシル化に異常があった場合)を行うものもあります。また、真核生物では身体の免疫反応にも重要な役割を担っています。特定のレクチン(フィコリンなど)のグリコシド結合は、炎症部位への免疫細胞の動員を仲介し、細胞に抗炎症性サイトカインを分泌させるシグナルを送ります3

レクチンはどのように糖鎖と結合するのか?

ガレクチン-3

N-アセチルラクトサミンに結合したガレクチン-3(グリコシド結合ドメイン)タンパク質

糖鎖とレクチンを引き寄せる「鍵」は、糖鎖認識ドメイン(Carbohydrate Recognition Domain、CRD)です。コンピューター・シミュレーションで見ると、CRDはタンパク質表面の外側に小さな空洞やポケットのように見えます。レクチンはタンパク質フォールディング、特にβシート構造を形成するので、結合ポケットが糖鎖に対してより露出するようになります。レクチンは結合ポケットの中に、活性部位残基を持ち、糖鎖と様々な非結合的相互作用をします。この作用には水素結合、ファンデルワールス相互作用、イオン結合が関係しています。さらに、カルシウムのようなイオンの存在は結合をより強固にします4。多くのレクチンが複数のCRDを持ち、複数の糖鎖と同時に結合できることは興味深く、多機能性が細胞表面への結合親和性を高めています。

植物レクチン:19世紀から現代まで

自然界に存在するレクチンについて基本的なことを説明したので、レクチンを使ってどのような研究がされてきたのか、焦点を当ててみましょう。レクチンの研究は19世紀後半までさかのぼります。レクチンの研究の出発点は、複数の植物レクチン(具体的にはヒマの種子から抽出されたもの)が赤血球を凝集沈殿させ、マウスモデルでは毒性を示すものがあると発見されたところから始まります5。その後、レクチンは赤血球表面の糖鎖に結合して赤血球を凝集させることが判明しました。この凝集沈殿は、細胞バイオマーカー(血液型を決定する)として初めて使用されました6。1960年代のがん研究では、フィトヘマグルチニン(PHA)7とコムギ胚芽凝集素(WGA)8が腫瘍細胞を特異的に認識し、凝集させることが発見されました。その後、すべてのレクチンが凝集能を持たないことが明らかにされ、少なくとも一つのドメインが糖鎖構造を特異的に認識し、可逆的に結合することが分かりました9。レクチンの可逆的な結合は、糖鎖構造が分解しないことを意味し、画期的発見でした。レクチンの研究が盛んになるにつれ、研究者たちは、高温や低pHでの安定性10や消化酵素に対する耐性11など、植物レクチンの有用性を高める性質を次々と発見しました。

植物レクチンの応用

グアテマラで育つヒマ種子

今日、植物レクチンはさまざまな用途に幅広く利用されています。植物レクチンの昆虫に対する毒性は、農業用殺虫剤の候補となる可能性があります12。植物レクチンの抗菌作用や抗ウイルス活性については、細胞培養実験や動物実験で成果を上げており、HIV13やSARS-CoV-214の治療や予防の可能性を明らかにした研究も複数あります。1960年以降、白血病、肉腫、肝がん、乳がんを対象とした数多くの研究で、抗腫瘍効果が実証されています15。また、ナノキャリアのターゲティング能力を高めるために、ドラッグデリバリーにも利用されています16
抗腫瘍効果の研究への積極的な使用を除いても、植物レクチンの貢献は大きなものです。例えば細胞表面の糖鎖と結合する反応(グリコシル化)は、腫瘍細胞で発現する糖鎖構造に光を当てました17。そして、レクチンは単に正常細胞と腫瘍細胞を区別するだけではありません。レクチンの特異性は、攻撃性のレベルが異なる腫瘍細胞(例えば、転移に関わる細胞の検出など)を区別するのに役立つ可能性があります。

糖鎖分析における植物レクチン

大腸がん組織の免疫蛍光染色像

DyLight 594-UEA Iを用いた大腸がん組織の免疫蛍光染色像

細胞プロセスにおけるグリコシル化の重要性は議論の余地がありません。また、グリコシル化による病原性の変化が、私たちの身体にどのような大惨事をもたらすかについても、研究によって立証されており、グリコシル化における病原性の変化に対する正確なバイオマーカーの重要性は高まっています。レクチンアフィニティークロマトグラフィー18やレクチンアレイは、糖タンパク質の同定や単離に最適です。支持体上にレクチンを固定化し、レクチンと結合した糖鎖の構造を質量分析で決定することができます。レクチンは酵素結合法にも利用できます。このようなアッセイの動作原理はELISAに似ていますが、抗体をレクチンに置き換えることから、酵素結合レクチンアッセイ(enzyme-linked lectin assay: ELLA)と呼ばれています20。マルチウェルプレートを使用したハイスループットに適しており、分光光度計を用いて特異的な糖鎖-レクチン相互作用を定量的に解析することができます。ELLA はコストパフォーマンスがよく、少量で済むことが多いので、糖鎖生物学ではかなりポピュラーです。
ヒト大腸組織の免疫蛍光染色像

VectaFluor Duet Double Labeling Kitおよび
DyLight 649-UEA Iを用いたヒト大腸組織の免疫蛍光染色像

標識レクチンの開発により、細胞や組織のグリコシル化を蛍光イメージングし、グリコシル化された病原性細胞がどのように増殖し、相互作用し、移動するのかについて、より優れた概観を得ることができるようになりました。定量的・定性的な植物レクチンアッセイを組み合わせることで、がん生物学をより深く理解することができ、腫瘍のタイプや進行度を正確に特徴付けれる可能性があります。レクチンはがん生物学のより包括的な理解への「扉」を開き、糖鎖プロファイリングは実用的な洞察をもたらします。

おわりに

ヒマ種子と赤血球凝集の初期研究から、がんのバイオマーカーの同定に至るまで、レクチンはヒマ種子と糖鎖生物学研究に洞察をもたらしてきました。レクチンアッセイを用いることで、がんの糖鎖生物学に異なる相補的な角度から、アプローチすることができます。次回のブログ(糖鎖分析におけるレクチンの応用)ではレクチンアッセイの技術的な詳細についてご紹介する予定です。

レクチンガイドのご案内

レクチンの歴史、レクチンアッセイの方法、原理などについては、以下のレクチンガイド(Lectin Application and Resource Guide)もあわせてご参照下さい。


VEC社 Lectin Application and Resource Guide

参考文献

  1. Lindhorst, T.K., The Royal Society of Chemistry., 1~16(2015). [DOI:10.1039/9781782622666-00001]
  2. Słomińska-Wojewódzka, M. and Sandvig, K., Molecules., 20(6), 9816~9846(2015). [PMID:26023941]
  3. Mason, C.P. and Tarr, A.W., Molecules., 20(2), 2229~2271(2015). [PMID:25642836]
  4. Imberty, A., et al., Essentials of Glycobiology [Internet]. 3rd edition.,(2017). [PMID:28876815]
  5. Stillmark, H., MD Thesis, University of Dorpat, Dorpat, Estonia,(1888). Worldcat.org/ja/title/162622510
  6. Renkonen, K.O., Ann. Med. Exp. Biol. Fenn., 26, 66~72(1948).
  7. NOWELL, P.C., Cancer Res., 20, 462~466(1960). [PMID:14427849]
  8. Aub, J. C., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 50(4), 613~619(1963). [PMID:14077487]
  9. Peumans, W. J. and Van Damme, E.J., Plant Physiol., 109(2), 347~352(1995). [PMID:7480335]
  10. Pérez-Giménez, J., et al., Int. J. Microbiol.,(2009). [PMID:20016675]
  11. Zhu-Salzman, K., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 95(25), 15123~15128(1998). [PMID:9844026]
  12. Reyes-Montaño, E.A. and Vega-Castro, N.A., Insecticides - Agriculture and Toxicology.,(2018). [DOI:10.5772/intechopen.74962]
  13. Akkouh, O., et al., Molecules., 20(1), 648~668(2015). [PMID:25569520]
  14. Sohrab, S.S., et al., Curr. Pharm. Des., 26(41), 5286~5292(2020). [PMID:32954998]
  15. Yau, T., et al., Molecules, 20(3), 3791~3810(2015). [PMID:25730388]
  16. Neutsch, L., et al., J. Control. Release., 169(1~2), 62~72(2013). [PMID:23588390]
  17. Cummings, R.D. and Etzler, M.E. , Essentials of Glycobiology, 2nd edition,Chapter 45,(2009). [PMID:20301245]
  18. Merkle, R.K. and Cummings, R.D., Methods Enzymol., 138, 232~259(1987). [PMID:3600324]
  19. Hu, S. and Wong, D.T., Proteomics Clin. Appl., 3(2), 148~154(2009). [PMID:21132067]
  20. McCoy, J.P. et al., Anal. Biochem., 130(2), 437~444(1983). [PMID:6869832]
  21. Hashim, O.H., et al., PeerJ., 5, e3784(2017). [PMID:28894650]

お問い合わせ先

(テクニカルサポート 試薬担当)

reagent@funakoshi.co.jp

製品情報は掲載時点のものですが、価格表内の価格については随時最新のものに更新されます。お問い合わせいただくタイミングにより製品情報・価格などは変更されている場合があります。
表示価格に、消費税等は含まれていません。一部価格が予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承下さい。