知りたい!脳の免疫を担うミクログリアの生理機能
名古屋大学 未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所 教授
和氣 弘明 先生
掲載日情報:2026/05/11 現在Webページ番号:73208
追加しました。
脳の主役といえば、長い間「ニューロン(神経細胞)」だと考えられてきました。ニューロンは電気信号を飛ばして情報を伝える、いわば「エリート技術者」のような存在です。しかし近年の研究で、脳の機能はニューロンだけでは全く成り立たず、その周りを埋めている「グリア細胞」こそが、脳の知能、健康、そして寿命を握る「真の支配者」であることが分かってきました。そのため、現代の神経科学において、脳は「ニューロンのネットワーク」から、グリアを含めた「機能的ユニティ(Functional Unit)」へと再定義されています。 中でもミクログリアは免疫細胞としての側面に加え、発達期および成体脳における回路を形作るための役割があり、これが損なわれたときに発達障害や統合失調症などの精神疾患に関与するのではないかと考えられ、重要視されています。
ミクログリアの発見の経緯
19世紀末から20世紀初頭にかけて、脳内の細胞は「ニューロン」と「アストロサイト(神経膠細胞)」の2つだけだと考えられていました。当時の染色技術では、それ以外の小さな細胞を染め出すことができず、これらは「染色されない、正体不明のもの」として一括りにされていました。リオ=オルテガの師である、ノーベル生理学・医学賞受賞者のサンティアゴ・ラモン・イ・カハールは、これらを「第三の要素(Third Element)」と呼びましたが、その具体的な正体までは解明できていませんでした。
1919年、リオ=オルテガは新しい染色技術を用いて、従来の「第三の要素」が実は2つの異なる細胞種から構成されていることを突き止めました。一つは、現在でいう「オリゴデンドロサイト」。そしてもう一つが、「ミクログリア(Microglia)」です。リオ=オルテガはヒトの死後脳の染色を行うことで、平常時には細い突起を伸ばしているミクログリアが、グリオーマ(脳腫瘍)などの脳の病態時にはアメーバ状に形を変えることを発見しました。しかしながらその後の生体イメージングなどの新規可視化技術によって実はミクログリアはその突起をダイナミックに動かす非常に動的な細胞であることが分かったのです。
ミクログリアの生理的機能:脳の恒常性維持
そのダイナミックな突起動態によって、健康な脳におけるミクログリアは、単なる「待機状態」ではなく、常に動的に環境を監視する「サーベイランス(監視)」を行っています。すなわち、ミクログリアは1時間に1回、5分程度シナプスに定期的に接触することで、そのシナプスが正常な活動を有しているのかを監視します。脳傷害などによって一度異常が起こるとミクログリアはその接触時間を延長し、その結果としてシナプスが消えるなどの変化が起こることが分かりました。またその後の研究で、神経活動の低いシナプスに標識された補体タンパク質(C1qやC3)を、ミクログリアがCR3受容体を介して認識し、貪食(ファゴサイトーシス)することで、不要な回路を剪定することが明らかになりました。これらの過程に異常が起こることで、未熟なシナプスが増加し、自閉スペクトラム症の発症に寄与することが考えられています。また発達期および成熟期において、神経幹細胞の細胞死に寄与することで、神経細胞の数も調整することが分かっています。このようにミクログリアは脳の発達を規定する非常に重要な役割を果たすことが分かります。私たちはさらにこのミクログリアが、異種感覚の可塑性に寄与することを明らかにしました。異種感覚の可塑性(Cross-modal Plasticity)とは、特定の感覚入力(例えば視覚)が失われた際、脳のその感覚を担当していた領域が、他の残存している感覚(聴覚や触覚など)の処理を代行したり、その処理を強化したりする現象を指します。これは、脳が固定された配線ではなく、環境の変化に応じて動的に再構成される能力(神経可塑性)を持っていることを示す代表的な例です。
私たちは視覚遮断のマウスを用いて、先天的に視覚遮断されたマウスはヒゲの弁別試験の機能が向上することを見出しました(図1)。脳には高次視覚野に接続するヒゲ領域からの神経回路(通常の状態では強く抑制されている)があります。私たちはマウスの視覚を遮断することにより高次視覚野において、この接続を受ける神経細胞の抑制性シナプスがミクログリアによって“剥がされる”ことで、興奮性を獲得し、ヒゲの情報処理を受け持つことによって、その識別機能が向上することを見出しました。これはミクログリアの病的な役割をはるかに超えたものであり、環境の変化に合わせて、ダイナミックに神経回路を適応させようとする働きを持つことを示す一例です。
さらにそのほかにもミクログリアは、BDNF(脳由来神経栄養因子)やIGF-1などを分泌し、ニューロンの生存や分化、シナプス可塑性を促進することで、学習や記憶などの形成に関わることが知られています。また、ニューロンと物理的に接触することで、神経活動を制御し、過剰な興奮(てんかん様発作など)を防ぐ役割があることも指摘されています。
ミクログリアの病態における機能
病態では、かつては「M1(炎症性)/M2(抗炎症性)」という単純な二元論で語られていましたが、現在はシングルセル解析により、より複雑な状態遷移(フェノタイプ)があることが分かっています。病的な状態(アミロイドβの蓄積など)に曝露されると、ミクログリアは特有の突起を短縮させ、監視能力やシナプス保護機能を失います。
これを「Homeostatic states(恒常性状態)」の消失と呼び、P2Y12やTMEM119といったマーカーの減少で定義されます。その後、アルツハイマー病(AD)モデルなどで特徴的に見られるDAM(疾患関連ミクログリア)へと移行していきます。まず、TREM2受容体などのシグナルを介して、炎症や貪食能力を高めた特殊な状態に移行し、初期段階ではアミロイドβ(Aβ)を貪食し、プラークの拡大を防ぐ「保護的」な役割を果たしますが、慢性期になると過剰な炎症反応を引き起こし、逆に神経変性を加速させる「破壊的」な側面を持つと考えられています。このDAMは例えば、NLRP3インフラマソームの活性化を引き起こします。すなわち、Aβや細胞死に伴うDAMPsを検知すると、強力な炎症性サイトカイン(IL-1β)を放出され、これがタウタンパク質のリン酸化を促進し、神経原線維変化を誘発します。
私たちは全身性炎症(脳以外の炎症)を起こしたマウスで、ミクログリアが血管に遊走し、初期では血管内皮細胞とタイトジャンクションを形成することで、血液脳関門(脳の血管に存在するバリアー)に対して保護的に働き、長くそれに暴露されることによって、次第に血液脳関門の構成因子(アストロサイトの足突起)を貪食することで血液脳関門の透過性を増大させることを明らかにしました(図2)。
おわりに
このようにミクログリアは、生理的な制御因子から、病態下における病態の進行を決めることのできる要素へと変貌します。このスイッチを切り替えるメカニズムの解明は、認知症の根本治療において最大の焦点となっています。
追加しました。
お問い合わせ先
製品情報は掲載時点のものですが、価格表内の価格については随時最新のものに更新されます。お問い合わせいただくタイミングにより製品情報・価格などは変更されている場合があります。
表示価格に、消費税等は含まれていません。一部価格が予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承下さい。