掲載日情報:2024/12/26 現在Webページ番号:71810
Vector Laboratories社のサイエンスブログ(SpeakEasy Science Blog)からレクチンに関するブログをご紹介します。
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by Shuhui Chen, Ph.D.
生体内では、細胞内や細胞環境のさまざまな場所で高分子に結合した多数の糖鎖が存在します。その多様性が故に解析を困難にし、糖鎖を認識するプローブを必要とします。幸いなことに、この20年間で植物レクチン、抗体、糖質結合モジュール(Carbohydrate-Binding Module、CBM)を持つタンパク質など、糖鎖結合機能を持つ有用な高分子が発見され、多くの特性解析技術で利用されています。また、より多様で高感度なプローブ開発も進んでいます。
糖鎖結合タンパク質の分類
レクチン(Lectin)
レクチンは、糖質と結合するタンパク質です。内在性レクチンが糖鎖と相互作用して重要な生物学的プロセスを仲介する一方で、内在性以外のレクチンも同様に重要な役割を担っています。
植物レクチン(Plant Lectin)
レクチン分析において植物レクチンは、ゴールドスタンダードです。多くの植物レクチンは自然界に豊富に存在し、抽出も容易です。さらに、特異性が高く可逆的な糖鎖結合活性を示すため、汎用性の高い糖鎖認識ツールになっています。これらの植物レクチンはがん、ウイルス性疾患、自己免疫疾患の糖鎖解析に用いられており1、最近の研究では、治療薬やがんまたは感染症の標的にも利用されています2。
組換え体レクチン(Recombinant Lectin)
植物レクチンは糖鎖分析に広く利用されていますが、高バイオマスとして単離することは依然として困難です。この問題を解決するために、合成生物学や組換えDNA技術の研究が行われています。研究の1つとして、レクチンcDNAライブラリーを用いた組換え体レクチンがあります。バクテリア、酵母、哺乳類細胞などの宿主細胞に植物レクチンを発現させた組換え体レクチンは、天然レクチンに比べてコンタミネーションが少なく、バッチ間のばらつきも少ないため、精度と再現性が向上すると報告されています。これらの研究に対しOliveiraらは、組換え体レクチンの戦略と応用について包括的なレビューを行い、それぞれの宿主の長所と短所を示しています3。
天然レクチンの特異性向上(Improving Natural Lectin Specificity)
糖鎖に対する天然レクチンの特異性を向上させる方法がいくつか確立されています。部位特異的変異導入法(Site Directed Mutagenesis、SDM)は、1つ以上のアミノ酸残基を変異させ特異性を高くします。またランダム変異を用いて、大規模なレクチンライブラリーを構築する方法もあります。ある研究では、ピーナッツアグルチニンのAsn41残基を変異させ、腫瘍TF抗原(Galβ1-3GalNAc)に対する特異性を高め4、また別の研究では複数の残基を変異させることで、天然のマンノース結合レクチンにガラクトース結合性を付与したと報告されています5。既存の結合部位を変異させるだけでなく、新たな結合部位をレクチンに付加することも試みられ、これらのレクチンは多価となり、それぞれの糖鎖に対する結合親和性が著しく向上します6。
抗体(Antibody)
糖鎖認識プローブには、私たちの免疫システムに由来する糖鎖抗体があります。内因性の糖鎖抗体は異物、特に微生物に繰り返しさらされることでB細胞から産生され、病原性細菌、ウイルス、真菌の表面糖鎖を認識し防御機能の役割を果たします。また他の内因性抗体は、腫瘍に関連した糖鎖抗原を認識する役割を担っており、免疫反応を引き起こす可能性があります。
組換え抗体(Recombinant Antibody)
抗糖鎖抗体において組換えDNA技術は、新たに確立された技術です。この技術を用いることで抗体をコードする遺伝子の大規模なライブラリーを構築し、それを宿主細胞に導入することで抗体ライブラリーを作製することができます。こうして作製した抗体ライブラリーを用いて、目的の抗原に対して最も親和性の高い抗体を選択し、多量に産生することができます。このような組換え抗体の技術は、抗体の有効性を最大化するために特に有益です。例えばAmonらは、結腸がんや膵臓がんの治療に酵母表面ディスプレイを用いてシアリルルイスa(SLea)に対する抗体ライブラリーをデザインしました7。変異抗体のライブラリーは、SLea陽性がん細胞に対して、従来のSLea抗体よりも高い細胞毒性を示しました。ハーバード大学医学部の研究者らは、同様のアプローチでウミヤツメから抗体ライブラリーを作製し、従来のマウスモノクローナル抗体よりもはるかに高い糖鎖特異性を獲得しました。
糖質結合モジュール(Carbohydrate-Binding Modules、CBMs)
糖質関連酵素は、複合糖質の構築または分解を担います。研究の結果、これらの酵素は糖質結合モジュールと呼ばれる1つ以上のドメインを持ち、特定の糖鎖を認識し、酵素を多糖に結合させることが明らかになっています。タンパク質工学を用いることで、糖質結合モジュールを大量に異種発現させることが可能になり、糖質結合モジュールが抗体やレクチンに代わる方法になると考えられます。
糖鎖結合タンパク質(Glycan-Binding Protein、GBP)の特性評価
上記のような糖鎖結合タンパク質の利用法を成功させるためには、適切な特性評価が必要です。特に組換え体タンパク質は、結合特性の評価が重要です。最も広く使われている特性評価の方法として、表面プラズモン共鳴(SPR)と滴定カロリメトリーがあります。これらの方法は、分子構造を破壊することなく糖鎖結合タンパク質の特性を評価します8。
表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance、SPR)
表面プラズモン共鳴は、目的の糖鎖を金属表面に固定化し、表面電子の共鳴周波数から推測される質量変化を通して糖鎖結合を測定します。相互作用をリアルタイムで測定するため、結合定数や解離定数などの定量的な知見が得られます。しかし、表面プラズモン共鳴を用いて正確に測定するためには、糖鎖が表面に十分に付着している必要があります。
等温滴定カロリメトリー(Isothermal Titration Calorimetry、ITC)
等温滴定カロリメトリーは、結合によって誘発される熱の変化から糖鎖結合を推定し、エンタルピー、エントロピー、結合定数を測定します。特に、変異型/改変型糖鎖結合タンパク質の結合親和性を測定し、その結合特性を野生型と比較するのに適した方法です。糖鎖を固定化する必要はありませんが、ハイスループットな特性評価には適しません。
糖鎖マイクロアレイ
糖鎖マイクロアレイは、プレート上に固定化したさまざまな単純糖質と複合糖質から構成され複数のレクチンや抗体の結合特異性を同時に評価することができ、より優れたハイスループットな解析が可能です。糖鎖マイクロアレイが他の手法よりも優れている点は、大規模な糖鎖マイクロアレイライブラリーや実験データからキュレーションされたツールキットを利用することで、糖鎖マイクロアレイデータセットの可視化と解析が可能になることです。最もよく利用されている糖鎖マイクロアレイデータセットの解析プラットフォームは、CarboGroveとGlycoToolKit-Glycan Array Dashboard(GLAD)があります。また、他のリソースとステップバイステップの実装に関してHaabらが、詳しく述べています9。
糖鎖結合タンパク質の応用
上記の各糖鎖認識プローブは、抗体またはレクチンをベースとするマイクロアレイ、イムノアッセイ(ELISAなど)、細胞選別、糖鎖複合体または糖鎖の精製、糖転移酵素アッセイ、免疫蛍光(IF)、および免疫組織化学(IHC)に限定されない糖鎖分析アプリケーションを後押しする明確な利点を有します。これらのアプリケーションはそれぞれ、糖鎖生物学に関する異なる洞察を明らかにしています。アフィニティクロマトグラフィーを用いた糖鎖および糖タンパク質の精製は、翻訳後のタンパク質修飾および糖鎖エピトープの同定に役立ちます。このことは、変異や疾患試料の変異型糖鎖を決定する際に有益です。 一方、IHC/IFは表面糖鎖の細胞内局在、空間的な方向、相対的な発現量の特徴を明らかにします。糖転移酵素遺伝子のクローニングは新規遺伝子の糖転移酵素を同定し、これらの遺伝子を細胞株に導入してその機能を特徴づけることができます。また酵素の機能、量、活性は、レクチンや抗体を使って推定できます。
レクチンの応用
レクチンを用いた腫瘍バイオマーカーの検出は、悪性腫瘍細胞に局在するユニークな糖鎖エピトープを検出します。これはがんのサブタイプをより正確に区別し、病期、転移性、悪性の診断に役立ちます。レクチンマイクロアレイはレクチンパネルから構成され、ハイスループットなバイオマーカー探索を加速させる良い方法です。例えば、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は乳がんの15%を占め、転移性と治療抵抗性の特徴を示します。6つのトリプルネガティブ乳がん細胞株を用いてレクチンマイクロアレイを行った結果、トリプルネガティブ乳がん特有な表面糖鎖を検出するレクチンとしてRicinus communis AgglutininⅠ(RCAⅠ)が同定されました10。レクチンをIHC/IFのアプリケーションに組み込むことで、がんの進行や転移挙動などの疾患特性だけでなく、腫瘍微小環境を可視化し糖鎖状態を理解することができます。Vector Laboratories社のShuhui Chen博士とErika Leonard博士は、さまざまながん組織に植物レクチンを用いることで、がんの種類による糖鎖付加状態の違いを明らかにし、植物レクチンはがんのバイオマーカー探索に有用であることを示しました。植物レクチンの中には、抗がん作用を示すものが多数あり、Pinellia pedatisecta由来のマンノース結合レクチンは、肺がんや肝細胞がんの細胞死を誘発し11、Dioclea sclerocarpaの種子から単離されたマンノースおよびグルコース特異的レクチンは、卵巣がんや前立腺がんの免疫チェックポイントに干渉することが報告されています12。
糖鎖抗体の応用
糖鎖抗体の応用には、細菌感染症などの診断やワクチンがあります。患者血清中の糖鎖抗体量を測定し、細菌感染症13、自己免疫疾患14、がん15を診断します。糖鎖ワクチンは、免疫原となる糖鎖を体内に注入して抗体を産生させることにより、免疫反応を活性化させます。90年代からFDA(米国食品医薬品局)の承認を受け、インフルエンザ16、髄膜炎17、肺炎17の糖鎖ワクチンが使用されています。がんワクチンは、がん関連糖鎖抗原(Tumor-associated carbohydrate antigens、TACA)から構成され、Tn抗原、TF抗原、シアリルTn抗原などが含まれていますが、これらに限定されるものではありません18。これらの糖鎖は単独では弱い免疫原性を誘導しますが、担体とタンパク質を結合させることで改善し、ワクチンはT細胞依存性の免疫応答をがん関連糖鎖抗原に向けることができます19。そして乳がん20~21、非小細胞肺がん22、メラノーマ23を対象とした4種類のがんワクチンが開発されています。糖鎖抗体は予防だけでなく、感染症やがんの治療にも使用されています。治療に用いられるモノクローナル抗体は、大量に産生することができ24、これらの抗体は、がん細胞表面の糖鎖に結合し免疫系に認識されやすくなり、チェックポイントに基づく免疫反応を減少させる糖タンパク質をブロックすることで作用します。
糖質結合モジュールの応用
糖質結合モジュールは、糖鎖同定に用いられています。末端シアル酸残基を切断するシアリダーゼのシアル酸認識機構と組換え技術を組み合わせることで、シアル酸認識ツールを構築することができます。糖質結合モジュールには、α(2,3)-シアリルラクトースに対して、どの天然レクチンよりも高い親和性を示すものや6'-シアリルラクトースに対する親和性を付加した二量体があります24。
レクチンガイドのご案内
レクチンの歴史、レクチンアッセイの方法、原理などについては、以下のレクチンガイド(Lectin Application and Resource Guide)もあわせてご参照下さい。
参考文献
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