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糖鎖と腫瘍微小環境

掲載日情報:2024/09/26 現在Webページ番号:71755

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by Shuhui Chen, Ph.D.


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腫瘍といえばがん細胞を連想しますが、腫瘍の複雑さを表現するには適切な言葉ではありません。腫瘍部位は、成長因子、血管、細胞外マトリックス(ECM)を伴うさまざまなタイプの細胞で構成されており、がん細胞の成長および生存、適応、転移を促進する腫瘍微小環境(TME)を作り出しています。つまり、腫瘍をがん細胞の静的な集合体としてではなく、動的な機械として考える必要があります。このパラダイムシフトは、新規治療法を開発するための疾病メカニズムの理解に役立つと考えられています。タンパク質のグリコシル化が、全てのがんのステージや局面に影響を及ぼすことを指摘する研究が報告されています。そして、がん関連の糖鎖が栄養供給、免疫回避、転移に大きく関連していることを示唆する結果があります。 それはグライコプロテオームのプロファイルから解かったことで、腫瘍が有利になるようにグリコシル化経路を微調整し、腫瘍微小環境の構成要素と腫瘍のグライコームとの間に継続的なクロストークが存在するということです。

腫瘍微小環境の構成要素

腫瘍微小環境は、腫瘍にさまざまな特徴を付与するネットワークです。

免疫細胞

腫瘍微小環境には、相反する働きをする免疫細胞が存在します。免疫細胞が腫瘍免疫応答を示すか抗腫瘍免疫応答を示すかは、多くの要因の中でも特に腫瘍の種類とがんの悪性表現型に依存します。身体の免疫システムと同様に、腫瘍微小環境にも適応免疫細胞と自然免疫細胞の両方が存在します。T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞などの適応免疫細胞は、過去の病原体との遭遇から得た情報に基づいて攻撃をします。ある種の適応免疫細胞は抗腫瘍抗体の産生や血管新生の抑制に働きますが、他の細胞は抗腫瘍原性活性に対抗し、成長因子やサイトカインの分泌を通じて腫瘍微小環境の維持を行います。腫瘍微小環境には、マクロファージ、好中球、樹状細胞などの非特異的自然免疫細胞も存在します。通常マクロファージは、病原性の攻撃に対する急性免疫反応に関与していますが、腫瘍内に存在すると予後不良となることが多いと言われています。例えば、悪性腫瘍では血管内皮増殖因子(VEGF)を分泌し、新しい血管を形成するために、血管の周囲にM2型マクロファージが多く存在することが多いです。好中球は、初期に腫瘍細胞の炎症と細胞毒性を引き起こしますが、進行と浸潤を促す血管新生とECMへの結合を支持する可能性があります。

間質細胞(ストローマ細胞)

間質細胞(内皮細胞、線維芽細胞、脂肪細胞、星状細胞など)は腫瘍微小環境と周辺組織との相互作用に関与し、腫瘍の進行を促進します。内皮細胞は微小環境において、酸素や栄養補給のために極めて重要であり、がん細胞の転移にも寄与しています。腫瘍微小環境における線維芽細胞は、創傷治癒に関与する正常線維芽細胞から分化します。これにより、悪性表現型、免疫回避、転移を促進するECM成分、サイトカイン、成長因子を産生します。脂肪細胞は、がん細胞が取り込む遊離脂肪酸を作り出すことで、腫瘍関連の代謝経路に必要なエネルギーを供給します。

細胞外マトリックス(ECM)

ECMには、コラーゲン、フィブロネクチン、エラスチン、ラミニンなどの非細胞性の成分が含まれ、がん細胞の保護層を形成する一方、浸潤や転移を促進します。またECMは不可解な構造をしているため、しばしば薬物送達における主な障害のひとつと考えられています。

エクソソーム

エクソソームは、がん細胞と間質細胞とのコミュニケーションを仲介します。そして、腫瘍微小環境の細胞構成要素に好ましくない状態(低酸素や酸性など)を伝えるメッセンジャーの役割を担っています。

糖鎖の変化がもたらす腫瘍微小環境

腫瘍微小環境に存在する多種多様な細胞は、表面タンパク質を用いて糖鎖と協調します。数十年にわたる研究で、ECM構造と細胞表面の組成を変化させる糖鎖の役割や、糖鎖ががん発症の主要な特徴であることが明らかになりました1。そして、グリコサミノグリカン(GAGs)と糖結合タンパク質の研究から、がんの免疫回避が糖鎖依存的であることも明らかになりました1。例えば、ヒアルロン酸(HA)の蓄積は前立腺がん、肺がん、膀胱がんにおいて予後不良を示しており、HAはM1型マクロファージを免疫抑制性のM2型に分化させるなど、いくつかの腫瘍形成促進メカニズムを引き起こすことが示されました2。タンパク質のグリコシル化異常は予後不良のもう一つの指標であり、がん細胞と免疫細胞およびECMとの相互作用に影響を与えます3。最も注目すべき例はシアル酸残基であり、シアル酸残基の多さは免疫回避に起因します。多くの腫瘍細胞、特に乳がんでは、シアル酸で糖鎖を切断し終結させるシアル酸転移酵素のアップレギュレーションが見られます。がん細胞と腫瘍微小環境の相互作用におけるシアル酸転移の役割に関しては、さまざまなメカニズムが提唱されています。その一つは、負電荷を持つシアロ糖鎖が腫瘍細胞を免疫認識から保護するというものです。また、シアル化度の高い糖鎖はシアル酸結合免疫グロブリン様レクチン(Siglec、シグレック)に結合し、免疫チェックポイントから回避することも示されています。Wallらは、シアル酸とシグレックの相互作用がT細胞の活性化を抑制し、細胞傷害性NK細胞の活性と食作用を低下させることを示しました4。腫瘍微小環境における悪性腫瘍の特徴はシアル酸だけではありません。Ferreiraらは、N-グリコシル化異常に注目して研究を行い、 N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ(MGAT)の過剰発現とそれに続くβ1,6結合でGlcNAc残基が分岐するN-グリカン形成が、成長因子の安定化、栄養供給の増加、細胞とマトリックス間の相互作用、転移で有意に相関している事を報告しました。実際、顕著な転移表現型を持つがんのサブタイプには、MGAT5とそれに関連したN-グリカン構造が多く見られました5

糖鎖生物学に基づく治療法

がん関連タンパク質や免疫チェックポイントを標的とする治療戦略は、糖鎖修飾の変化によって引き起こされる多様な腫瘍微小環境メカニズムのため、がんのサブセットに限られています。したがって、腫瘍関連の糖鎖が関与する糖鎖ネットワークや経路を標的にすることは、薬剤耐性がん細胞のサブタイプにおける患者の層別化に貢献する可能性があります。がん糖鎖生物学における標的化戦略は、いくつかの主要なグループに分けられます。一つ目の戦略は、腫瘍形成を促進するグリコシル化を調節するために糖転移酵素を標的にすることです。特に、過剰なシアリル化6とフコシル化7が腫瘍抵抗性と悪性腫瘍に果たす役割が研究され、関連する酵素を阻害することで、がん関連シグナル伝達を標的とする化学療法物質の有効性が改善されました。これらの研究から得られた知見は、がんのシグナル伝達経路やグリコシル化経路を標的としたコンビナトリアル療法の開発に役立ちました。二つ目の戦略は、腫瘍を促進する微小環境に関連する糖鎖-レクチンの相互作用を阻害することです。ガレクチンやシグレックが腫瘍に関連した糖鎖と結合を阻害することで、免疫反応を増強し、薬剤の細胞毒性効果を高めることができます。さらに、抗体や阻害物質を用いてグリコシル化異常を逆転させ、レクチンの表面糖鎖への親和性を低下させることもできます。例えば、シアリダーゼを結合させた抗がん物質を投与すると、腫瘍中の糖鎖の脱シアリル化が起こり、シグレックによる糖鎖の認識が阻害されます8。一方、抗体ベースの治療は、ますます有望な結果をもたらしています。腫瘍関連糖鎖のネオアンチゲンは、腫瘍に特異的であるため、ターゲティングの理想的な候補です。モノクローナル抗体は、ネオアンチゲンを利用して所望の免疫応答を誘導し、貪食とがん細胞死を促進することができます。さらに、抗糖鎖抗体は、がん細胞への細胞傷害性薬剤の標的送達と細胞内取り込みを改善するために再利用することができます。現在、FDAによって承認されている抗体薬物複合体(ACD)は9種類あります9。ナノ粒子は、薬物放出の制御や生物学的障壁を回避する能力だけでなく、標的送達能力を持つことから、生物医学研究において長い間研究されてきました。糖鎖生物学における現在の取り組みは、糖鎖ナノテクノロジーを用いた治療薬の有効性を最大限に高め、標的外の細胞毒性を排除することを目指しています。細胞毒性の高い化学療法と固定化したナノ粒子を抗糖鎖抗体でコンジュゲーションすることにより、ナノ粒子の標的化効率を高めることができます。同様の戦略を抗がん物質ワクチンにも適用することができ、腫瘍関連抗原と免疫反応を増強する免疫アジュバントを機能性ナノ粒子に封入することができます。多くの研究が、金ベースのナノ粒子に結合させたMUC1糖ペプチドと免疫アジュバントの相乗効果を実証しています10,11。糖鎖をベースとした抗がん治療の範囲が拡大し続ける一方で、腫瘍微小環境の阻害効果を念頭に置くことが重要です。腫瘍部位のさまざまな構成要素は、免疫逃避、栄養供給、血管新生、転移を通じて腫瘍の生存の可能性を最適化するように働きます。したがって、糖鎖生物学は、望ましい細胞毒性を発揮するだけでなく、抗がん治療の効果から腫瘍を保護する糖鎖機構を消滅させる多面的な治療法を開発するために、腫瘍微小環境特異的糖鎖の研究を続ける必要があります。

レクチンガイドのご案内

レクチンの歴史、レクチンアッセイの方法、原理などについては、以下のレクチンガイド(Lectin Application and Resource Guide)もあわせてご参照下さい。


VEC社 Lectin Application and Resource Guide

参考文献

  1. Zhou, J.Y. and Cobb, A.A.,Annu. Rev. Immunol., 39, 511~536(2021). [PMID:33577348]
  2. Kuang, D.M., et al., Blood, 110(2), 587~595(2007). [PMID:17395778]
  3. Chandler, K.B., et al., Cell, 8(6), 544(2019). [PMID:31195728]
  4. van de Wall, S., et al., Trends. Immunol., 41(4), 274~285(2020). [PMID:32139317]
  5. de Souza Ferreira, M., et al., Cell. Oncol. (Dordr), 46(3), 481~501(2023). [PMID:36689079]
  6. Liu, N., et al., Oncol. Rep., 40(5), 2997~3005(2018). [PMID:30226606]
  7. Agrawal, P., et al., Cancer Cell, 31(6), 804~819(2017). [PMID:28609658]
  8. Xiao, H., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 113(37), 10304~10309(2016). [PMID:27551071]
  9. Diniz, F., et al., Cancers (Basel), 14(4), 911(2022). [PMID:35205658]
  10. Cai, H., et al., Bioorg. Med. Chem., 24(5), 1132~1135(2016). [PMID:26853835]
  11. Liu Y., et al., Int. J. Nanomedicine, 16, 403~420(2021). [PMID:33469292]

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