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糖鎖生物学: がん研究の次なるフロンティア

掲載日情報:2024/03/06 現在Webページ番号:71278

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by Carolyn M. Walsh, Ph.D.


糖鎖イメージ像

遺伝子変異1、免疫系2、さらにはがんにおけるエピジェネティクス3の重要性と将来性については聞いたことがあると思います。しかし、がん領域に於いての糖鎖生物学ついてはどれだけご存じでしょうか。複雑な糖の連鎖、つまり糖鎖は通常、脂質やタンパク質と共有結合を形成し、目もくらむような細胞や分子のざまざまなプロセスを制御しています。実際、糖鎖は細胞機能における根本であるにもかかわらず過小評価され、十分に理解されていないため、生物学の「暗黒物質」と呼ばれることもあります。重要なことは、糖鎖はがん発生と転移に重要な促進因子として働くと考えられていることです。4, 5

今回のブログでは、スーザン・ベリス(Susan Bellis)教授とカレン・アボット(Karen Abbott)教授の研究をご紹介します。

スーザン・ベリスの基礎科学への愛が、彼女をがん研究へと導いた


生化学の博士号を取得したスーザンは、自分自身を根っからのトランスレーショナル・バイオロジストではなく、ベーシック・バイオロジストだと考えています。彼女は、糖転移酵素ST6GAL1に魅せられています。ST6GAL1はゴルジ体に局在する酵素で、細胞膜に向かう途中の糖タンパク質にシアル酸という糖を付加します。シアル酸は、その負の電荷と糖鎖末端により、タンパク質間相互作用と糖タンパク質の両方を強力に調節します。糖タンパク質に付加されるシアル酸の量が増えると、一般に細胞はより幹細胞らしくなり、ST6GAL1は幹細胞や前駆細胞で発現が高くなります。

スーザンの研究チームは、悪性細胞にシアル酸を添加すると、正常細胞と同様に、より幹細胞に近い状態になることを発見しました。ただし、一般的な幹細胞とは異なり、悪性細胞にシアル酸を添加してできた幹細胞は腫瘍の発生、再発、転移を引き起こします。「ここで重要なことは、アポトーシスに抵抗性を示すことです」とスーザンは説明します。 スーザンの研究チームは、ST6GAL1によって促進されるシアル酸の変化(ヒト膵臓がんで発現上昇し、がんの進行と相関する)が、どのように悪性化を促進するのかをよりよく理解するために、膵管腺がん(Pancreatic Invasive Ducatal Adenocarcinoma、PDAC)に焦点を当てました。 スーザンらは、酵素を産生する膵臓細胞(腺房細胞)が脱分化して幹細胞様の性質を獲得する過程である腺房から導管への化生ADM(Acinar- to-Ductal Metaplasia)に特に興味を持ちました。ADMは通常、炎症や損傷による傷害の後に、組織の再分化と再生につながる一過性の状態として起こります。しかし、細胞ががん変異原性を獲得した場合、がん発症の最も初期の出来事のひとつとなる可能性があります。

膵臓にST6GAL1をノックインしたマウス(以下SCマウスと略)でのRNA-Seq実験を行ったところ、腺房細胞はより幹細胞的であり、導管細胞に関連した遺伝子発現パターンを有しており、これはST6GAL1が未分化な細胞状態を促進する傾向があることと一致していることが明らかになりました。重要なことは、これらの動物から採取した膵臓細胞は、野生型マウスから採取したものよりも大きく、生存可能なオルガノイド(幹細胞由来の三次元組織培養物)を形成することです6。スーザンの研究室では、SCマウスの約半数が自発的に膵臓がんを発症するという予備データも集めています。研究チームは現在、ST6GAL1がADMと膵臓がんの発生を促進する正確なメカニズムを解明するための研究を進めています。

カレン・アボットは、がん免疫療法を改善するために糖鎖生物学を活用している


カレンも生化学の博士号を取得していますが、スーザンとは異なり、がん研究者と呼ばれることを意に介せず卵巣がんを研究しています。卵巣がんは一般に化学療法が効きますが、従来の化学療法の標的は、がん幹細胞よりも腫瘍全体であるため、こういったがんは再発しやすく、ひいては化学療法抵抗性を生じやすい傾向があります。長年にわたり糖鎖生物学の研究に携わってきたカレンは、卵巣がんにおける異常な糖鎖付加、つまり糖鎖が卵巣がん中の分子と結合する過程を標的にすることが、がん幹細胞を排除し患者の治療改善をする鍵になると考えています。

カレンの研究チームは、糖転移酵素GnT-Ⅲ(N-Acetylglucosaminyltransferase Ⅲ)が卵巣がんで上昇し、患者組織で非常に珍しい糖鎖構造を形成することを発見しました。研究チームはまた、GnT-Ⅲタンパク質が非がん幹細胞とは対照的にがん幹細胞で高発現することも発見し、これらの異常な糖鎖構造ががん幹細胞画分に生じやすいことが示唆されました。研究チームは興味をそそられ、GnT-Ⅲをコードする遺伝子の発現を阻害した卵巣がんから、スフェロイド(ここでは、患者の腫瘍から得られる三次元組織培養物7)を培養しました。その結果は、ビンゴ!!! GnT-Ⅲを欠損したスフェロイドは、がん幹細胞が少ないことを示すサイズと形状で、正常な幹細胞産生に重要なマーカーの発現に変化が見られました。

この発見を臨床応用するため、カレンと彼女の研究グループメンバーは、卵巣がん患者のB細胞から作製したライブラリーから、これらの奇妙な糖鎖構造と結合できる新規の一本鎖抗体(scFv)を単離しました。一本鎖抗体はサイズが小さいため、従来の抗体よりも迅速かつ均一に腫瘍に浸透することができ、興味深い治療の選択肢となります8。カレンの研究室は現在、キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)の免疫療法を改善するために新しい抗体を活用しています。この治療法では、患者からT細胞を採取し、特定の腫瘍抗原に特異的なCARを発現するように遺伝子改変し、増殖させてから再注入します9。この抗体は、卵巣がん幹細胞に存在する異常な糖鎖を区別するように設計されているため、これをCAR-T細胞の設計に用いれば、化学療法抵抗性幹細胞による腫瘍の再発という数十年来の問題を解決できる可能性があります。「従来の化学療法はがん幹細胞を標的にしてはいません。私たちの治療法を従来の化学療法と組み合わせることで、一度にすべてをノックアウトすることが可能なのです」、「これはさまざまながん治療にとってWin-Winになるでしょう」とカレンは付け加えます。

レクチンガイドのご案内

レクチンの歴史、レクチンアッセイの方法、原理などについては、以下のレクチンガイド(Lectin Application and Resource Guide)もあわせてご参照下さい。


VEC社 Lectin Application and Resource Guide

参考文献

  1. Jin, J., et al., "Identification of Genetic Mutations in Cancer: Challenge and Opportunity in the New Era of Targeted Therapy.", Front. Oncol., 9, 263 (2019). [PMID: 31058077]
  2. Li, B., et al., "Immune Checkpoint Inhibitors: Basics and Challenges.", Curr. Med. Chem., 26(17), 3009~3025 (2019). [PMID: 28782469]
  3. Cheng, Y., et al., "Targeting epigenetic regulators for cancer therapy: mechanisms and advances in clinical trials.", Signal Transduct. Target. Ther., 4, 62 (2019). [PMID: 31871779]
  4. Reily, C., et al., "Glycosylation in health and disease.", Nat. Rev. Nephrol., 15(6), 346-366 (2019). [PMID: 30858582]
  5. Lloyd, J., "Glycans for the Greater Good.", Biochem. (Lond.), 43(6), 52~57 (2021). [DOI: 10.1042/bio_2021_186]
  6. Method of the Year 2017: Organoids., Nat. Methods, 15, 1 (2018). [DOI: 10.1038/nmeth.4575]
  7. Gunti, S., et al., "Organoid and Spheroid Tumor Models: Techniques and Applications.", Cancers (Basel), 13(4), 874 (2021). [PMID: 33669619]
  8. Ahmad, Z.A., et al., "scFv antibody: principles and clinical application.", Clin. Dev. Immunol., 2012, 980250 (2012). [PMID: 22474489]
  9. Miliotou, A.N., and Papadopoulou, L.C., "CAR T-Cell Therapy: A New Era in Cancer Immunotherapy.", Curr. Pharm. Biotechnol., 19(1), 5~18 (2018). [PMID: 29667553]

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