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東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 教授
一般社団法人G2P-Japan 代表理事
佐藤佳 先生

【研究室でインタビュー】
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 教授
一般社団法人G2P-Japan 代表理事
佐藤佳 先生

掲載日情報:2025/03/15 現在Webページ番号:71147

2020年、新型コロナウイルスによるパンデミックという未曽有の事態に直面し「ウイルス学者として、世界のためにできることはないか」との思いから、新型コロナウイルス研究への挑戦を始めた佐藤先生。同世代の研究者で構成される研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、新型コロナウイルスに関する多くの論文を圧倒的なスピードで発表されてきました。今回のインタビューでは、その当時の背景や現在の活動の状況、ウイルス研究に対する想い、次世代を担う若者に向けたメッセージなどを伺いました。

東京大学医科学研究所 教授 佐藤 佳 先生

東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 教授
一般社団法人 G2P-Japan 代表理事
佐藤 佳 先生

略歴

2007年3月 京都大学大学院 生命科学研究科 修士課程 修了
2010年3月 京都大学大学院 医学研究科 医学専攻 博士後期課程 修了(短縮)、医学博士
2010年4月 京都大学ウイルス研究所 博士研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)
2010年7月 京都大学ウイルス研究所附属 新興ウイルス研究センター 特定助教
2012年8月 京都大学ウイルス研究所 助教
2016年3月 京都大学ウイルス研究所 講師
2016年10月 京都大学ウイルス・再生医科学研究所 講師
2018年4月 東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター 准教授
2022年4月~ 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 教授

新型コロナウイルス研究に取り組まれた背景や当時の状況についてお聞かせ下さい

私はもともとエイズウイルス(HIV)の研究をしていましたが、2020年のパンデミックを機に新型コロナウイルスの研究を始めました。ウイルス学というとウイルス全般が研究対象という印象を持たれますが、縦割りというか、エイズウイルスの人はエイズウイルスしかやらないというのが一般的でした。そのため、新型コロナウイルスの研究を始めることへの不安や葛藤もありましたが、世界的に専門の研究者がいない未知のウイルスが、どんどん感染を拡大して世界的に猛威を振るう中で、自分が培ってきた専門性を活かして何かできないかと考え、挑戦を決めました。そもそも私が初めてウイルスに興味を持ったのは中学生の時で、海外のドキュメンタリーを取り上げるテレビ番組がきっかけでした。「アフリカで致死率50%を超えるようなウイルスが流行している」という映像を見て、すごく驚いたことを覚えています。エボラウイルスのことでしたが、漫画やSFで出てくるような、感染者の5割もの人を死亡させてしまうウイルスが「実在する」ということに強い衝撃を受けました。そうした体験もあり、新型コロナウイルスのパンデミックに対して居ても立ってもいられず、一歩踏み出すことができたのだと思います。

2020年当時、所属する研究所内で新型コロナウイルスを使った実験ができるのはポスドク以上という制限があり、うちの研究室では私を含めて該当者が2人しかいなかったので、ウイルスそのものを使用する実験はなかなかできませんでした。そこで分子生物学的なアプローチで、ウイルスの遺伝子だけ、タンパク質だけを使った実験を行い、SARSウイルスと新型コロナウイルス間のタンパク質構造や機能、病態の比較を進めることにしました。その後すぐに東京に緊急事態宣言が発令される状況になってしまいましたが、恩師である京都大学 小柳先生にお願いして京都大学で実験を継続させていただくことができました。そのおかげで、2020年にCOVID-19の病態に関わるORF3b遺伝子の機能に関する論文を、2021年には同様の手法でORF6という別の遺伝子に関する論文を出すことができました。

研究コンソーシアム「G2P-Japan」はどのような経緯で立ち上げたのですか?

パンデミック2年目の2021年、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)から新型コロナウイルス緊急予算の公募があり応募したところ、前述の実績もあって採択をいただくことができました。予算を有効活用すべく、共同研究者の熊本大学 池田先生と相談してHIV研究時代の半分友人、半分ライバルのような同年代の人たちに声をかけました。

ちょうどその頃、日本から新型コロナウイルスの論文が出ていないというのが問題視されていて、私は自分の経験から、その要因が実験をする人の数が足りない点にあると考えていました。実際のところ私の研究室も生物学的な実験ができるのは私だけでした。同時期のアメリカの論文では、ファーストオーサー10人、コレスポンディングオーサー10人というものが多く、研究者同士が協力し合っている様子が見て取れました。そこで私たちもグループを形成して実験を分担すれば、実質ひとつの研究室で多くの人が実験しているのと同じことになり、人的な課題が解決できると考えコンソーシアムを立ち上げました。そして、せっかくなので名前を付けようと、当時イギリスが国策で立ち上げた「G2P-UK」にちなんで「G2P-Japan」という名前にしました。ちなみに「G2P」とは、「Genotype to Phenotype(遺伝型から表現型へ)」の略称です。

「G2P-Japan」の活動や成果について教えて下さい

これまでの経緯や、基礎研究者としての思い、何があったのかという詳細なところは、日経サイエンス社『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』*1という本に書いてありますので、そちらをぜひ読んでいただきたいのですが、結果としてG2P-Japanは2021年に発足してから50報以上の論文を発表しています。メンバーそれぞれが良い緊張感の下でひとつのテーマに取り組むことができたので、このコンソーシアムを立ち上げたのはすごく良かったと思っています。私も初期にコンソーシアムで共有するウイルスをリバースジェネティクスの手法(コンソーシアムメンバーでもある、九州大学 福原先生に教えていただいた手法)で作る作業を担当しましたが、それがなかなか上手くいきませんでした。約1~2週間のことでしたが、当時は一日一日が勝負だったので、メンタル的に追い詰められるくらいの緊張感がありましたし、ウイルスができた時の達成感はひとしおでした。

G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち
*1 『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス社)

現在は新型コロナウイルスの研究が落ち着いてきたので、アウトリーチ活動にも力を入れています。国際共同研究の推進と、若手育成を目的とした研究費が採択されたので、今年は特に海外出張を増やし、これまでの活動が一過性のものにならないように、海外研究者へのアピールや関係構築に取り組んでいます。国内では、その予算で前述の本を購入し、全国の高校4,969校に無償で配布しました。そして、もしその本を読んで興味を持ってくれた学生がいたら、そこに我々G2P-Japanが出前講義に行きます、という活動をしています。高校生まで対象を広げて、感染症研究に興味を持ってくれる人材を少しでも増やす活動もG2P-Japanとして行っています。それとは別に、私個人として週刊誌のデジタル版*2にコラムを連載しています。あまり触れることのない、現在進行形の研究の話や、研究活動の裏側の話を書いていますので、そちらも多くの方に読んでいただきたいです。

*1 週プレNEWS連載「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常(集英社)https://wpb.shueisha.co.jp/column/ordinary-life-of-covid-19-scientist/

感染症研究に対する想いをお聞かせいただけますか

感染症研究はすごくダイナミックで、やりがいがあります。ちょっとハードルが高い印象があるかもしれませんが、実験手法も普通に皆さんが使っているものと変わりありません。顕微鏡で見て、自分だけが知っている世界を発見するというような側面もありますし、ラボの中から飛び出して世界に貢献するような発展性もあります。実験室の中や、パソコンを使った研究だけではなく、フィールドに出て行くということもあります。例えば、今私たちは次のパンデミックへの備えとして、新型コロナウイルスの起源と言われるコウモリ由来ウイルスの研究を始めています。大学院生が一人ベトナムに行っていて、直接現地でウイルスを見つけて、そこから研究しようという趣旨の国際共同研究に携わっています。多くの方に、様々な研究スタイルでウイルス研究に取り組んでもらいたいです。私は高校生の時にバイオテクノロジー関連の新聞記事の切り抜きをしていたのですが、当時のスクラップブックには、HIVの起源に関する記事が残っています(写真)。当時はまだ高校生で、またHIVの起源はアフリカにあるので、その研究は遠い世界の話でした。しかし現在の私は新型コロナウイルスの研究者で、新型コロナウイルスの起源は私たちの住むアジアにあると考えられています。これからはその点に着目した研究を進めていくつもりです。新型コロナウイルスの起源を理解する研究を進めることこそ、次のパンデミックに備えるための研究に直結すると考えています。

G2P-Japanは、とにかく新しく出た新興・再興ウイルスは全部研究対象にしようと話し合っています。今は東京科学大学の先生が中心になってMpoxウイルスの論文も何報か出しています。そういう地球防衛軍みたいな「新しいウイルスが出てきても、G2P-Japanがいるから大丈夫」と思ってもらえる存在になれればいいなと思っています。

高校生時代の新聞記事の切り抜き
高校生時代の新聞記事の切り抜き

次世代を担う若い研究者の方々へメッセージをお願いします

「世界に目を向けて頑張る、世界でやらなきゃ!」という気持ちを持ってほしいです。コロナ禍中は移動制限もあり、いわば分断された世界になっていましたが、SNSでの情報共有が活発に行われて、世界中のみんなが協力して人類の未曽有の危機に立ち向かっている感覚がありました。私もその中で世界の役に立ちたいという気持ちが大きくなりましたし、コロナ禍が落ち着いた現在も、積極的に海外との交流を進めています。そして「動機や理由を対外的に説明できるような好きなこと」をライフワークにして欲しいです。私自身、研究者になろうと決めたのは、文章を書くことや写真を撮ること、そして生物学が好きだったからで、それら全てを仕事としてできる研究者になれば、週7日間ずっと好きなことをやれるという考えからでした。休みの日の数日だけしか好きなことができないというのが嫌だったんです。そして望み通り研究者になって、HIV研究でも学会で賞をもらうなど順調にキャリアを重ねてきました。しかし、そんなHIV研究から離れ「世界のために自分に何ができるのか」と考えて始めた新型コロナウイルスの研究やG2PJapanでの活動は「やらなきゃいけないこと」だらけでしたが、より素晴らしいものでした。パンデミックのみならず不確実性が高まっている社会情勢でもあるので、単に「好きなことやればいいよ」ではなく、自分がなぜそれをやりたいと思っているのか「動機や理由を対外的に説明できる好きなことをライフワークにして欲しい」とあえて伝えたいと思います。

本日はお忙しい中 ありがとうございました!

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