知りたい!腸内細菌と食のパワーで健康未来をデザインする!
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)
医薬基盤研究所 副所長 國澤純 先生
掲載日情報:2024/12/13 現在Webページ番号:71141
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近年、「腸活」という言葉が一般社会でも浸透しているように、腸内環境と健康との関係が広く注目を集めています。食に関しては、「医食同源」という言葉が示すように、古くから健康維持との関わりが知られてきました。さらに、次世代シーケンサーを用いた細菌解析技術の進展により、腸内フローラとも呼ばれる腸内細菌が私たちの多様な身体機能や健康に及ぼす影響が明らかになり、その重要性は日々増しています。
健康維持・増進に向けた腸内環境研究の重要性とNIBIOHN JMD の構築
私たちは、日本人の腸内環境と健康との関係を調べるため、日本各地にお住まいの方々を対象に、食事や生活習慣、健康状態に関する情報と共に、糞便や血液などを提供いただき、腸内細菌、メタボローム、免疫因子などのデータを収集し、NIBIOHN JMDとしてデータベース化しています(https://microbiome.nibiohn.go.jp)。さらに、AIを活用した解析によって立てた仮説を基礎研究で検証し、メカニズムの解明と共にヒト研究にフィードバックするスパイラル型研究を進めています(図1)。本システムを活用した解析の結果、日本人に多く見られる腸内細菌の一つであるブラウティア菌が、過剰な体重増加を抑制する役割を果たすことなど、腸内環境と健康に関する様々な知見が得られています。
図1. NIBIOHN JMDデータベースをヒト研究にフィードバックするスパイラル型研究
腸内環境を整えるための3つの戦略
では、腸内環境はどのように整えれば良いのでしょうか?ここでは、腸内環境を改善するための3つの戦略を紹介します。第1の戦略は「プロバイオティクス」です。これは、ヨーグルトや納豆など、健康に良い影響を与える有用菌を摂取する方法です。第2の戦略は「プレバイオティクス」で、腸内に存在する有用菌のエサとなる栄養素を摂取し、有用菌を増やすことを目的としています。
さらに、最近注目されている第3の戦略は「ポストバイオティクス」です。これは、腸内細菌の菌体成分や、食品成分から生成される代謝物を指します。腸内細菌が健康に寄与するのは、菌そのものではなく、腸から体内に吸収される菌が生成する物質による、という考えに基づいています。メタボローム解析技術の進展により、これらの物質の同定が可能になってきました。プロバイオティクスやプレバイオティクスによって有用菌を増やすだけでなく、ポストバイオティクスの生成を促すことで、腸内環境をさらに効果的に改善する新たな道が開かれつつあります。
これらの戦略を組み合わせることで、私たちの腸内環境をより効果的に整え、健康増進に繋がることが期待されています。
腸内細菌のリレーによって作り出される短鎖脂肪酸
次に、腸内細菌が作り出す重要な物質の一つである「短鎖脂肪酸」を紹介します。短鎖脂肪酸は、腸内細菌が食物繊維を材料に生成する物質で、近年、腸内環境を良好に保つ効果が注目されています。食物繊維は私たちの体内の酵素では分解できないため、かつては単に便のかさを増やすだけのものと考えられていました。しかし、腸内細菌の研究が進むにつれ、一部の食物繊維が腸内細菌によって分解され、短鎖脂肪酸に変換されることで、私たちの健康に様々な良い影響をもたらすことが明らかになってきました。
特に、短鎖脂肪酸の一つである酪酸は、腸のエネルギー源となり、消化管の機能をサポートするほか、免疫の過剰な反応を抑制し、善玉菌を増やすことで腸内環境を改善することが分かっています。
最近では、短鎖脂肪酸を生成しやすい食物繊維を「発酵性食物繊維」と呼び、新たな食品素材として注目を集めています。ただし、発酵性食物繊維を摂取すればすぐに腸内細菌によって酪酸が生成されるわけではなく、少なくとも3つのステップが必要であることも分かってきました。まず、糖化菌と呼ばれる菌が食物繊維を分解して糖を生成します。次に、ビフィズス菌などがその糖を材料に酢酸を生成し、最終的に酪酸菌が酢酸を材料に酪酸を生成します。このように、酪酸を生成するには腸内細菌のリレーが必要なのです。
精密栄養学と個別化栄養への新しいアプローチ
短鎖脂肪酸の生成に関わる腸内細菌のリレーが、個々の人でどのように異なるかは、健康への影響を左右する重要な要素です。例えば、第2ステップで働くビフィズス菌の含有量は、個人ごとに大きな差があることが知られています。我々の研究データによると、約3割の方がビフィズス菌を1%前後しか持っていないことが示されています。このような方は、リレーが第2ステップで滞るため、短鎖脂肪酸の産生が不十分になる可能性があります。そのため、ビフィズス菌の少ない方には、食物繊維と共にビフィズス菌を同時に摂取することで、短鎖脂肪酸の生成が促進されることが期待されます。
こうした個人差があるため、健康に良いとされる食品であっても、その効果は人によって異なります。その原因の一つとして、腸内細菌の違いが挙げられます。さらに、私たち自身の遺伝子にコードされている代謝酵素にも多型があり、その活性には個人差があります。こうした視点から、食事効果の個人差を解明する学問として「精密栄養学」が注目されています。この分野が発展すれば、個人の体質や腸内細菌の構成に応じた最適な食事を提案する「個別化栄養」が実現すると期待されています。
私たちは現在、AI技術を活用し、対象者の腸内細菌や代謝活性を指標に、食事の効果を予測するシステムを開発しています(図2)。また、効果が期待できない方に対しては、不足を補うための代替食や発酵食品を用いた調理方法の開発も進めています。
図2. AI技術を活用し、食事の効果を予測するシステムの開発
腸から健康になるための今後の展望
これまで紹介してきたように、腸内環境の改善が私たちの健康に大きな影響を与えることが明らかになってきました。様々な分析技術の進展により、これまで漠然と捉えられていた腸内環境の実態が徐々に解明され、腸内細菌をターゲットにした新しい食品や医薬品の開発も進んでいます。
私たちは、健康社会の実現に向けた大きな鍵は「腸内環境の見える化」であると考えています。そのため、様々な腸内細菌に対する抗体ライブラリーの樹立や、腸内代謝物の簡便な測定技術を開発し、「安く」「早く」「簡便に」腸内環境を可視化できるような研究を進めています。 これらの技術革新や、個々の体質や腸内細菌に応じた新しい食品の開発を通じて、多くの人々が自分自身の腸内環境を簡単に把握し、生活習慣や食事の適切な管理を継続的に行える健康社会が、近い将来に実現することが期待されます。
参考文献
- 國澤純著(2023)『9000人を調べて分かった腸のすごい世界 強い体と菌をめぐる知的冒険』日経BP
- 國澤純編(2023)『実験医学増刊Vol.41 No.10 健康と疾患を制御する精密栄養学~「何を、いつ、どう食べるか?」に、食品機能の解析と個人差を生む分子メカニズムの解明から迫る』羊土社
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