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東北大学大学院 生命科学研究科 土壌微生物分野 南澤 究 特任教授

知りたい!温室効果ガスN2Oを微生物で減らす
東北大学大学院 生命科学研究科 土壌微生物分野 南澤 究 特任教授

掲載日情報:2024/04/15 現在Webページ番号:71130

知りたい!温室効果ガスN<sub>2</sub>Oを微生物で減らす 東北大学大学院 生命科学研究科 土壌微生物分野 南澤 究 特任教授

 一酸化二窒素(N2O)は主に農業由来の温室効果ガスであり、硝化細菌と脱窒微生物がN2Oの生成と消去に関与している。土壌細菌が有するN2O還元活性は、大気中のN2O削減、ひいては地球温暖化の解決策の一つになり得ると考えている。この策の実現のため、一般の市民による科学活動(市民科学)によるN2O消去微生物の探索を始めた。バイアスの少ない多数の試料により新たな科学的知見を得ると同時に、その反響から学ぶことが多々あった。


一酸化二窒素N2Oは温室効果ガス

 人為的な温室効果ガスの排出が地球温暖化の原因であることが「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告書において明らかにされている。二酸化炭素(CO2)だけではなく、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)も地球温暖化を起こしている温室効果ガスであり、特に農業から排出されるN2Oの割合は全体の約6割に達している。これらの地球環境問題を解決する糸口の一つが、土壌微生物のN2O還元機能であると考えている1

窒素循環とN2O

 カナダのVaclav Smil氏は「20世紀最大の発明はHarbor-Bosh法によるアンモニア合成の工業化である」と述べている。もし工業的なアンモニア合成法が利用されていなければ、世界人口は現在の半分以下の30億人であると推定されている。化学窒素肥料の生産と利用は人類の食糧生産を大幅に増加させたが、一方で多くの環境問題を引き起こしている。例えば、人為起源の窒素の大部分は、土壌を経てN2Oとして大気へ放出され、硝酸として地下水に溶脱し、環境中に拡散することで人間の健康、生態系、気候変動に深刻な影響を及ぼしている。

 自然界の窒素循環は、アンモニアを起点とすると図1のように循環している。(ⅰ)の硝化過程でも(ⅱ)の脱窒過程でもガス態のN2O発生が起きており、脱窒過程では細菌だけでなく糸状菌もN2Oを生成する。一方、N2O除去は脱窒の最終過程で、N2O還元酵素を持っている細菌に限定されている(図1)1

微生物による農地における窒素形態変化
図1. 微生物による農地における窒素形態変化
窒素肥料やマメ科作物残渣は、アンモニアを生成し、(ⅰ)細菌による硝化過程、(ⅱ)細菌と糸状菌による脱窒過程で、温室効果ガスN2Oを生成する。硝化過程では中間体であるヒドロキシルアミン(NH2OH)から、脱窒過程ではNOから、それぞれN2Oが生成される。一方、N2O削減は細菌の脱窒過程の最後のN2OからN2への還元反応のみが知られている。

農地の土壌微生物はN2Oのソース(発生源)とシンク(吸収源)

 根粒菌はマメ科植物の根に根粒という組織を形成し、植物の光合成産物を使って大気中のN2ガスを一気に還元してアンモニア(NH3)を生成する。したがって、根粒は植物の窒素肥料工場となるが、寿命がくると根粒が崩壊し、土壌に流出する。その根粒菌がアンモニアを生成することで、やはりN2Oが生成されてしまう(図1)。しかし、一部のBradyrhizobium属ダイズ根粒菌はN2O還元活性を保有しており、N2OをN2に無害化できる。実際、N2O還元活性の高い根粒菌を接種しN2O発生を減らすことに圃場レベルで成功しており(図2)2, 3、N2O還元活性の極めて高い根粒菌の分離とそのメカニズムについて明らかにした4。微生物接種により温室効果ガスであるN2Oの発生を減少させた初めての実例である。そこで、一般作物において窒素肥料由来のN2O発生を減らす微生物を取得すべく、市民の力を借りることができないかと考えた。

N<sub>2</sub>O還元活性の高い根粒菌接種による圃場由来N<sub>2</sub>Oの削減
図2. N2O還元活性の高い根粒菌接種による圃場由来N2Oの削減
N2O還元酵素活性の高い根粒菌株を接種することにより、収穫期のN2Oの発生を大幅に削減できることが明らかになった。つまり、接種根粒菌のN2O還元酵素活性により根圏のN2Oがクリーンな大気成分N2に還元された。
根圏:植物の根の影響を受ける土壌領域。

市民科学「地球冷却微生物を探せ」の開始

 市民科学(Citizen Science)は、職業科学者ではない一般の市民によって行われる科学的活動を指し、すでに多岐にわたる学問分野で行われている。国内では、第5期科学技術基本計画や学術会議でも市民科学の推進を奨励しており、海外ではヨーロッパ連合(EU)が主導する研究プロジェクトでも推奨されている。しかし、今まで自然科学における市民科学は、観察情報を集積するタイプが多く、市民が実験を行うタイプはほとんどなかった。

 私達の市民科学では、温室効果ガスのなかでもN2Oについて焦点を当て、市民の方が任意の土壌を瓶に入れて実験するので「Soil-in-a-Bottle」という愛称をつけている(dsoil.jp/soil-in-a-bottle)。私達の市民科学の目的は、①N2O消去微生物の探索、②科学を楽しむ文化の醸成、③土壌と空気の大規模データ構築である。主旨に賛同した小学生から年配者までの市民が、N2O発生と吸収のガスサンプリングと微生物叢解析のための土壌試料採取を行っている。得られたデータは市民に返却され、分析結果の説明を行い、双方向コミュニケーションによりコメントも含めたフィードバックを得ている。

市民科学の科学的成果と研究フロー

 市民科学を始めて約2年になるが、研究者のみでは集められない広範なデータから科学的に重要なことが分かってきた。まず、市民が集めた気体から、今まで疑問視されてきたN2O吸収土壌が約4%存在していたことが分かった(図3)。そこでは、N2O還元微生物が機能しているはずであり、微生物叢解析から原因微生物の特長を解明しつつある。また、N2Oの発生速度は土壌pHと気温の影響を受けていることが明らかとなった(図3)。

 この2年間試行錯誤しながら市民科学の研究フローを確立してきた。市民が全国から集めた、気体・土壌微生物叢(系統+N2O還元酵素遺伝子)・環境データ(採取日時と場所、気温、土壌pHなど)は膨大なデータセットであり、専用サーバーに格納し「月読」という独自のビューアーを開発した。その結果、短時間で目的微生物の一部にアクセスができた(図3)。土壌中の微生物の99%は培養困難であり、それらは天文学用語になぞらえて暗黒物質と言われる1。分離株情報をデータベースと照合することにより、培養困難なN2O還元活性が高い微生物の情報を得られる可能性がある(図3)。

 当面の目的は新規N2O消去微生物を獲得し、窒素肥料由来のN2O発生を削減する技術を確立することである。しかし、私達は別の価値も見出している。集められた2,000点以上の土壌試料はアーカイブとして保存されており、試料付き情報基盤として他の研究分野でも広く利用できるよう、我が国の重要な研究資源としての位置づけも考えて整備を行っている。

市民科学の研究フローと科学的意義
図3. 市民科学の研究フローと科学的意義

市民科学の反響から学ぶこと

 1,000名を超える市民の方が畑・庭・山林などの土壌を掘り、瓶に詰めて気体を採取するという実験を自分の手で行った。市民の皆さんが今まで気に留めていなかった足下の「土」に触れ、「微生物」や「温室効果ガス」といういずれも目に見えないものに思いを馳せ、ワクワク実験していただいたということである。土壌微生物の研究者としてこの上なく嬉しいことであった。一方で、「もし目的の微生物が見つかったらどのように温室効果ガス削減を行うのか?」という当然の質問がきている。次なるモードはその質問に答え、微生物による農地由来N2Oの削減を実証することであり、市民の皆さんと一緒に研究を深化させたいと計画を立てている。


参考文献

  1. 南澤究, 妹尾啓史(編).『 エッセンシャル土壌微生物学』.講談社 , 2021.
  2. Itakura, M., et al.,"Mitigation of nitrous oxide emissions from soils by Bradyrhizobium japonicum inoculation."Nat. Clim. Change, 3, 208~212 (2013). [DOI:10.1038/nclimate1734]
  3. Sánchez, C. and Minamisawa, K.,"Nitrogen cycling in soybean rhizosphere:Sources and sinks of nitrous oxide(N2O)." Front. Microbiol., 10, 1943 (2019). [PMID:31497007]
  4. Wasai-Hara, S., et al.,"Bradyrhizobium ottawaense efficiently reduces nitrous oxide through high nosZ gene expression."Sci. Rep., 13(1), 18862 (2023). [PMID:37914789]

著者プロフィール

東北大学大学院 生命科学研究科 土壌微生物分野
南澤 究 特任教授

2001年から東北大学大学院 生命科学研究科に所属し、2020年から土壌微生物分野の特任教授として、ムーンショット目標4の「資源循環の最適化による農地由来の温室効果ガスの排出削減」のプロジェクトマネージャーを勤める。根粒菌などの植物共生微生物とCH4/N2Oのガス代謝の関係の研究を行ってきた。

フナコシニュース

「知りたい!知りたい!温室効果ガスN2Oを微生物で減らす」は、フナコシニュース2024年4月15日号 p.17~19に掲載しています。

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