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【研究室でインタビュー】東京大学 定量生命科学研究所 胡桃坂 仁志 教授

掲載日情報:2024/03/14 現在Webページ番号:71127

研究テーマ、ご自身のエピソードについて語っていただきました!

東京大学 定量生命科学研究所 胡桃坂 仁志 教授

東京大学 定量生命科学研究所
胡桃坂 仁志 教授

略歴

  • 1991年  東京薬科大学 大学院薬学研究科 博士前期課程修了
  • 1995年  埼玉大学大学院 理工学研究科 博士後期課程修了 博士(学術)
  • 1995年  NIH(米国) 博士研究員
  • 1997年  理化学研究所 研究員
  • 2003年  早稲田大学 理工学部 電気・情報生命工学科 助教授
  • 2007年  早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 准教授
  • 2008年  早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授
  • 2018年~ 早稲田大学 名誉教授
  • 2018年~ 東京大学 定量生命科学研究所 教授

研究テーマについて教えて下さい。

それ難しいんですよ・・・簡単に説明できないんです。もっと簡単に説明できる研究をしたいです(笑)。一般の方向けには遺伝子の研究とかゲノムの研究と言っていますが、研究者向けに言うとクロマチンの研究ですね。ゲノムDNAはすごく巨大にもかかわらず、小さな細胞核内に折り畳まれて入っています。ヒトだと、細胞1個の中に約2 mのDNAが入っています。2 mが数μmの核の球体に入っているというのは、テニスボールの中に山手線一周分よりもう少し長い紐を入れるぐらいの縮尺率です。かなり無茶ですよね。でも実際にそれが起こっていて、しかもギュッと保存しておくだけでなく、DNAの情報を読み取ってmRNAが転写され、そこからタンパク質が翻訳されてこれが部品になり、そして細胞が複製されて生まれていくわけです。複製するためにはゲノムが2倍になるから、その時は2 mが4 mにならなきゃいけない。一見無茶な状況ですがちゃんと機能しています。その高密度パッキングの一番のベースとなる基盤構造体というのがヌクレオソームです。八量体になっているヒストンにDNAがぐるぐると巻きついたヌクレオソームが鈴なりになっていて、さらに高次に折り畳まれ、これがクロマチンと呼ばれます。その折り畳み構造については様々なモデルが提唱されていますが、今のところ未解明です。それを解決すべく、今僕の研究室では、クライオ電子顕微鏡を使ったクロマチンの構造解析を行っています。

山手線とテニスボール

研究者になったきっかけは何ですか?

実は、中高生時代はミュージシャンを目指してずっとバンドをやっていたんです。曲を作ったり、アレンジをしたりして、定期的にライブもやっていました。大学に進学したのも研究者になろうと思っていたわけではなく、バンドを続けたくて就職したくなかったからなんです(笑)。

そんな僕でしたが、大学3年生の時に利根川 進先生がノーベル賞を受賞されたのがきっかけで、研究者に興味を持ちました。授業中に教科書1ページ大のシールが配られ、先生から「教科書のこのページはもう間違っているから、これを上から貼りなさい。」って言われたことに大きな衝撃を受けました。ノーベル賞を取ったら、教科書が1ページまるっと書き換わるんだ!と思って。その時に、研究者っていいなと思い始めました。

大学院生の時、アメリカに留学していた研究室の先輩、清水さん(清水 光弘先生、現:明星大学 教授)が帰国されて、セミナーが開催されました。その時の先輩の姿がとても格好良く見えた。そして「どんな研究をしてきたんですか?」と質問したら、「ヌクレオソームって知ってる?」って丁寧に説明をしてくれて、もう好奇心が止まりませんでした。どうしてDNAがぐるぐる巻きついてギュッとなってるところでいろんなことが起こるのか、不思議でしょうがなかった。だから、ドクターに進んで研究を続けようと思ったんです。

研究は順調に進みましたか?

いやいや。マスターの時に出されたテーマは、大腸菌の核様体を構成しているタンパク質がどうやってDNAを折り畳んでいるのかをNMRで解析するというものだったんですが、未だに解析の技術が追いついておらず、解明されていません。理研(理化学研究所)に移ってドクターのテーマとして与えられたのは、RecAというDNA組換え酵素がどうやって塩基配列の相同性を認識しているかを明らかにすることでした。かれこれ32年前の研究テーマですが、これも未だに明らかになっていません。ほんと自分でもよくドクターを取れたなと、今でも自分を褒めています(笑)。

難しいテーマを与えられた中で、結果を出していくコツというのがあるのでしょうか?

研究テーマのゴールに行き着くまでには、明らかになってないステップというのが山ほどあります。そんな状態でゴールばかり見ていても全く結果は出せない。一番手前のところの一番解決できる問題点をちゃんと洗い出して結果を出していくことが大事です。幸い僕は、マスターの時にすでに結果が出ない研究に取り組んでいたので、そういう状況に慣れていました。当時のNMRの技術では核様体の解析はできないことがほぼ分かってしまったので、円二色性スペクトラムを測定するなど、色々と考えて実験して、なんだかんだでドクター1年の時に最初の論文を書き上げました。RecAの研究もゴールにたどり着くような結果は出せませんでしたが、その時指導いただいていた柴田 武彦先生(現:理化学研究所 名誉研究員)には、この研究の進め方や結果の出し方を非常に高く評価していただきました。

クロマチン研究を始めた経緯を教えて下さい。

研究を評価してくれた柴田先生が、イエール大学での共同研究のチャンスを作って下さり、先生がかつて師事していたチャールズ・ラディング(Charles M. Radding)医学博士(当時:イエール大学 教授)のもとで最先端の研究をすることができました。ただ、酵素がDNAの相同配列を検索するメカニズムを解明するには、やはりDNAが巻き付いている状態、すなわちクロマチンを研究する手法を学ぶ必要があると思っていました。そこで、クロマチン関連の学会要旨集から面白そうな研究室を探して、アラン・ウルフ(Alan P. Wolffe)博士(当時:アメリカ国立衛生研究所)の研究室にポスドクとしてアプライして、そこからクロマチンの研究が始まりました。

留学を考えるとき、学生の皆さんは語学・言語のことが気になるかと思います。語学・言語にまつわるエピソードはありますか?

僕がしゃべる英語はかなりのインド訛りなんだそうです。入国審査の時に、「ところで、お前はいつインドで英語を学んだんだ?」と言われるくらい。その理由は、最初にアメリカで研究をしたチャールズ先生のところには当時インドの出身者が多く、最初に僕に実験を教えてくれたのもインド出身のB.J. ラオー(B.J. Rao)先生(現:ハイデラバード大学 教授・副学長)でした。学会などでインドに行く機会があると、B.J.先生の話で盛り上がるのですが、「僕が初めて英語でコミュニケーションした相手はB.J.先生だったから、だから僕はインディアンアクセントなんだ!」というとみんな大爆笑です。笑ってくれるということは、やっぱり僕の英語はインドの人が聞いてもインディアンアクセントなんだなと思いました。

最近の学生さんは英語でスラスラ会話ができる人が多くてすごいですよね。僕が留学した直後は筆談で何とか会話していたくらいの英語力しかなかったので、今の学生さんなら海外でも全く問題ないと思います。臆せずもっともっと世界で挑戦してほしいです。

様々な出会いがあって、現在の研究に繋がっているのですね!

本当にいろんな出会いがあり、すべてが大切な繋がりです。最近の研究の進展に関していえば、僕が帰国して理研で出会った大学院生の関根君(関根 俊一博士、現:理化学研究所 生命機能科学研究センター 転写制御構造生物学研究チーム チームリーダー)との繋がりがすごく重要でした。彼はRNAポリメラーゼの結晶構造解析をずっとやっていて、僕はクロマチンの専門家で、ヒストンに巻きついたDNAの上をどうやってRNAポリメラーゼが転写していくのか明らかにできるんじゃないかという話になりました。さらに、同じく理研に来ていた大学院生の滝沢君(滝沢 由政先生、現:胡桃坂研究室 准教授)が海外でクライオ電子顕微鏡技術を学んで、最新の装置があるOIST(沖縄科学技術大学院大学)に戻って来ました。この頃からクロマチンのクライオ電子顕微鏡解析が大きく動き始めました。今はもう、試験管の中だけではなく、細胞の中でどうやってクロマチンのDNAが転写されているのかというところまでビジュアルで分かるようになってきています。分子生物学って間接的な情報を集めて議論しがちですが、直接見たら早いでしょ?という作戦なんです。僕はこれをビジュアルバイオケミストリーと言っていますが、クライオ電子顕微鏡のおかげで世界の研究が変わりましたね。

ヌクレオソームDNAの転写を捉えたクライオ電子顕微鏡像
ヌクレオソームDNAの転写を捉えたクライオ電子顕微鏡像

NatureやScienceに多くの論文を出されていますが、どのような反響や、研究の進展への影響がありましたか?

セントロメアの結晶構造解析を報告した論文が、初めてNatureにアクセプトされた時、ちょうどドイツで学会の招待講演がありました。発表を終えたあと、会場をハイタッチしながら戻りました。こんな経験は初めてでしたね。

クライオ電子顕微鏡は本体も維持費も高いので、日本にもあまり無かったのですが、ERATOの予算でクロマチンの解析に十分な性能の装置を導入することができました。審査の時には、クライオ電子顕微鏡でなければできない研究プランと、電子顕微鏡の技術を最高まで高めるために技術開発の意味も込めてクロマチンの解析をしますという説明をしました。「電子顕微鏡の分野では日本は遅れているから、これから戦っていかなくてはいけないね。」というエールをいただき、おかげで世界とも戦えています。

先生はご自身で作られた曲の動画配信もされていますが、「染色体ラプソディ」という曲の中にある「いつの日か、いつの日か、“明日か”」という歌詞がとても印象的でした。そこには、どのような背景や想いが込められていますか?

2017年の染色体ワークショップの時に、名古屋大学教授(当時)の大隅 圭太先生に頼まれて作った曲なのですが、研究って明日何かが起こるんですよ。突然上手くいくんです。だから、待って、待って、待ってっていうのではなくて、いつも常に準備して、明日結果を見るためのことを今日やろうって。うまくいく可能性が毎日あるっていう方が楽しいですよね。だいたいうまくいかないまま何年も経つんですけど、でも、気がついたら何年も経っていただけのことで、毎日楽しく、明日きっとすごいことが見つかるぞと思いながらやっている方が良いじゃないですか。僕はせっかちなので、長い時間を見据えて何かをやるっていうのが苦手で、すぐに知りたいんです。すぐに知るためには、明らかにしなくてはいけない問題をとにかくシンプルにすることが重要で、そこにエネルギーを注いでいます。シンプルクエスチョン、シンプルアンサーじゃなかったら研究は成立しないよって学生にも伝えています。明らかにしたいことがあって、それに向かって頑張ると言っても、本当にそれに向かってるの?って。だから“明日”じゃないと困るんです。明日結果が分かるぐらい問題をシンプルにして、実験をしようよって言っています。

先生の今後の夢を教えて下さい。

僕は、いつも夢がないと前に進めないと思ってきました。学生時代に実はミュージシャンを目指していて、アリーナツアーをやってみんなの前で歓声を浴びるようなことを夢見てきましたが、叶いそうもなくなってしまった。でも、大学3年生の時に利根川 進先生がノーベル賞を取ったことが、僕の次の夢に繋がったんですよね。世界中の人から褒められるような研究者になりたいっていうその時思った夢はまだ継続中です。

学生・若手研究者に向けてメッセージをお願いします。

とにかく自分の好きなことを見つけて下さい。僕は、柴田先生と出会ってからずっと研究がすごく楽しくて、毎日こんな風に生活できるなんてこんな良い人生ないなって思っています。やりたいことが研究だったら研究で良いし、研究じゃない他のことでも良いのですが、これから先何かをやろうと思ったときに、博士号(Ph.D.)は取っておくと役に立つと思います。進路を決める時に、「何をやっていいのか分からないから、じゃあドクター行ってみよう」ぐらいでいいと思うんです。難しく考えずモラトリアム的に大学院に行って良いと思っています。Ph.D.を持って、文系職に就いてる人も大勢いますから、物事の考え方など必ず何かベネフィットがあるはずです。ちなみに今、分子生物学会のキャリアパス委員長をやっているのですが、今年(2023年)は「Let's go Ph.D.!」というメッセージを込めて企画を行いました!

本日はお忙しい中 ありがとうございました!


東京大学 定量生命科学研究所 胡桃坂 仁志 研究室

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