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糖鎖生物学はいかにして研究に貢献するのか

掲載日情報:2024/02/07 現在Webページ番号:71032

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by Hikmet Emre Kaya, Ph.D.



遺伝暗号の研究から、タンパク質と脂質という細胞構成要素に関する重要な情報が明らかになりました。膨大な情報量ですが、細胞成分の多様な構造と機能を説明するには十分ではありません。これらの分子は共有結合した複雑な糖の層で装飾されており、何百万もの構造が考えられます。結果的に生じる複合糖質は、タンパク質のフォールディングと安定性を支える主役であり、重要な細胞内プロセスや情報伝達を促進します。糖鎖生物学は、これらの糖鎖とその結合体の構造と機能、そしてそれらが健康、病気、進化に及ぼす影響を研究します。糖鎖生物学の発展によって、私たちは体内の生物学的プロセスに関連する糖鎖の重要性をより深く知ることができるようになりました。さらに重要なことは、最先端の治療薬の設計を目指し、さまざまなバイオテクノロジーの応用に糖鎖をどのように活用できるか研究を重ねていることです。今回のブログでは、診断学、治療学、幹細胞研究における糖鎖生物学の役割に関する洞察についてご紹介します。発展中の糖鎖生物学の分野についてご興味のある方は、糖鎖生物学のリソースページをあわせてご覧下さい。

糖鎖生物学と診断学

糖鎖異常は糖とタンパク質や脂質との結合異常であり、疾患の明確な指標です。研究者は、クロマトグラフィー、レクチンアレイ、フローサイトメトリー(FCM)などのアッセイを活用して、健常組織と疾患組織における異なる糖鎖構造を同定し定量することができます。さらに、免疫組織化学(IHC)や免疫蛍光法(IF)を用いれば、糖鎖異常が細胞の形態や運動に及ぼす影響をモニタリングできます。これらの糖鎖検出ツールを組み合わせることにより、先天性疾患、糖尿病、がん、COVID-19を含むいくつかの疾患の性質について貴重な洞察が得られています。現在、100を超える先天性疾患は、主に特定のN-結合型糖鎖の過剰発現によるグリコシル化ネットワークの変化が原因と考えられています1。これらの疾患の中には、その遺伝子を持つ親から受け継がれるものもあれば、グリコシル化ネットワークのランダムな変異により発症するものもあります。例えば、筋緊張低下症、運動失調症、心筋症、構音障害、肝機能障害、血液凝固異常、側弯症などがあり、これらは発症した瞬間から個人の生活の質に深刻な影響を与えます。グリコシル化の調節不全はがんにおいても研究されており、現在ではがんのバイオマーカーとして広く受け入れられています。タンパク質の翻訳後修飾は、がん組織の同定、攻撃性、悪性度、転移挙動を示すのに役立ちます。現在、卵巣がん2、膵臓がん3、乳がん4などのがんのバイオマーカーとしてFDA(米国食品医薬品局)に承認されているものは糖タンパク質です。単一の糖タンパク質を同定した研究から、頭頸部がんのようにがんの進行に影響する一連の糖タンパク質を発見した研究もあります5。疫学もまた、グリコシル化の役割が研究されている分野です。研究者たちは、病原体がその多様な表面糖鎖によって私たちの細胞を攻撃し、侵入することを観察してきました。この例は数多くありますが、おそらく最も関連性が高いのは、SARS-CoV-2がそのスパイク糖タンパク質を用いて宿主細胞に接着し、侵入する方法です6

糖鎖生物学と糖鎖治療学

抗生物質や抗がん物質に属する多くの低分子医薬品は、天然のコア構造に糖鎖を持ちます。グリコシル化のメカニズムに関する知識が広がるに連れて、研究者はタンパク質ベースの治療薬の有効性を改善するため、これらの糖鎖を修飾するようになりました。インフルエンザ治療薬のザナミビル(リレンザ)やオセルタミビル(タミフル)はその代表例です。元の薬物分子にグリコシル化した側鎖を付加することで、宿主細胞に対する細胞毒性を伴わずに、ウイルス結合阻害作用が増強されました7。先駆的な研究の1つでは、フコシル化N-結合型糖鎖を持つIgG抗体は、標準的なIgGよりもナチュラルキラー細胞に50倍強く結合し、ナチュラルキラー細胞を活性化させる効果が報告されています8。近年、糖鎖生物学は、治療用糖タンパク質を大量生産する人工微生物の作製において、ますます重要性を増しています9。組換えDNA技術により、研究者は大腸菌のような広く研究されている生物に糖転移酵素遺伝子を挿入し、糖タンパク質を発現させることができます。

糖タンパク質ワクチン

糖鎖生物学のもう一つの新たな応用は、糖タンパク質ワクチンの合成です。以前は糖鎖がワクチン候補として用いられていましたが、免疫原性が低く、T細胞を活性化できませんでした。その結果、研究者は長期的なB細胞記憶を増加させるために、糖鎖の形態でワクチンを合成することにシフトしました。このようなワクチンは、糖鎖抗原(通常はO-抗原多糖)、結合体(タンパク質)、および免疫原性を高めるためのアジュバント分子から構成されます。1980年以降、いくつかの抗菌性糖鎖ワクチンがFDAの承認を得ています。これらのワクチンは、インフルエンザ菌B型、肺炎球菌、髄膜炎菌を含む、さまざまな細菌感染から乳児を守ることが示されています10。現在の研究では、主に大腸菌などの遺伝子操作された微生物による複合糖質の迅速かつコスト効率のよい生産が重視されています。大腸菌の細胞機構には翻訳後修飾機構がありませんが、組換えDNA技術を用いれば、その能力を付与することができます。予備研究では、真核生物由来の糖転移酵素遺伝子を大腸菌に導入し、いくつかの病原菌株に対する複合糖質を産生しました11。最近では、がん研究においても複合糖質ワクチンが注目され始めています。抗がんワクチンの開発は、主に腫瘍関連糖鎖抗原(tumor-associated carbohydrate antigen、TACA)を攻撃する免疫系を訓練することに焦点を当てています。特に、前立腺がん、結腸がん、肺がん、卵巣がんなど、いくつかのがん種のバイオマーカーとして同定されているガングリオシドやムチン型糖タンパク質に対するワクチンで広範な研究が行われています12

糖鎖生物学とナノメディシン(ナノ医療)

酸化鉄、量子ドット、カーボンナノチューブなどの機能性ナノマテリアル(ナノ材料)は、標的薬物送達が可能なことと、アクセス困難な組織への浸透能力により、増加の一途をたどっています。これらのナノマテリアルは、コンジュゲーションなどの化学的プロセスにより、人体との適合性を保ちながら、特定のタスク(蛍光イメージングや標的薬物送達など)を実行できるように最適化されています。このような材料を糖鎖ベースの治療薬と組み合わせることで、複合糖質が自然の状態では持ち得ない機能を持たせることができます13。ナノマテリアルの自己組織化能力を利用して、ナノファイバーを形成する自己組織化糖ペプチドが合成されました。予備研究では、ナノファイバーがガレクチン阻害物質として有効であることが実証され、がん、炎症、ウイルス性疾患に対する可能性が示されました14。他の予備研究では、MUC1関連腫瘍に対してより効果的な免疫反応を引き起こすセルフアジュバントのMUC1ワクチンの開発が行われています15

糖鎖生物学と幹細胞研究

胚の発達の重要な過程として、幹細胞がニューロン、皮膚、臓器などを形成するさまざまな細胞タイプに分化することが挙げられます。これまでに、表面の糖タンパク質と糖脂質、特にその末端シアル酸が幹細胞分化の重要な引き金であることが示されました。糖鎖プロファイルは、分化の過程で何度か修飾を受けることが分かっており、幹細胞の糖鎖プロファイルから、その状態や分化のタイプを予測することができます。幹細胞の分化とグリコシル化には双方向の関係があると推測され、これは発生生物学の謎を解明する可能性があります16。幹細胞研究は、画期的な細胞置換療法を生み出し、損傷を受けた組織や臓器の修復や置換を実現する可能性があります。このような観点から、幹細胞の分化過程におけるグリコシル化を深く理解することは、再生医療に大いに役立つと考えられます。また、分化した神経細胞株の産生にも寄与できる可能性があり、パーキンソン病などの多くの神経疾患に対する幹細胞療法の開発が行われています17。さらに糖鎖生物学研究は、がん幹細胞バイオマーカーのポートフォリオを改善する可能性もあります。がん幹細胞は腫瘍の発生と転移において、極めて重要です18。この細胞サブセットの糖鎖プロファイルを調査することは、がん幹細胞に対するより強力な治療法を開発し、抗がん剤耐性のリスクを低減するのに役立ちます。

おわりに

細胞表面に存在する糖鎖は非常に多様であり、数百万もの構造が考えられ、この糖鎖の大海原を解明するには長い年月が必要です。とはいえ、私たちのルーツを理解し、生活の質を向上させるために、多くの研究分野が日々進歩しています。糖鎖生物学的ツールは、あなたの科学的疑問の解明にも役立つかもしれません。

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レクチンの歴史、レクチンアッセイの方法、原理、様々なアプリケーションに対応したワークフローなどについては、以下のレクチンガイド(Lectin Application and Resource Guide)もあわせてご参照下さい。


VEC社 Lectin Application and Resource Guide

参考文献

  1. Lyons, J.J., et al., Front. Pediatr., 3, 54(2015). [PMID:26125015]
  2. Yin, B.W. and Lloyd K.O., J. Biol. Chem., 276(29), 27371~27375(2001). [PMID:11369781]
  3. Gao, C.F., et al., Clin. Cancer Res., 27(1), 226~236(2021). [PMID:33093149]
  4. Duffy, M.J., et al., Int. J. Biol. Markers, 15(4), 330~333(2000). [PMID:11192829]
  5. Ralhan, R., et al., Mol. Cell Proteomics, 7(6), 1162~1173(2008). [PMID:18339795]
  6. Sanda, M., et al., Anal. Chem., 93(4), 2003~2009(2021). [PMID:33406838]
  7. Mishin, V.P., et al., J. Virol., 79(19), 12416~12424(2005). [PMID:16160169]
  8. Shields, R.L., et al., J. Biol. Chem., 277(30), 26733~26740(2002). [PMID:11986321]
  9. Huang, C.J., et al., J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 39(3), 383~399(2012). [PMID:22252444]
  10. Adamo, R., et al., Chem. Sci., 4(8), 2995~3008(2013). [PMID:25893089]
  11. Jaffé, S.R., et al., Curr. Opin. Biotechnol., 30, 205~210(2014). [PMID:25156401]
  12. Buskas, T., et al., Chem. Commun., 28(36), 5335~49(2009). [PMID:19724783]
  13. Cecioni, S., et al., Chem. Rev., 115(1), 525-561(2015). [PMID:25495138]
  14. Restuccia, A., et al., Cell. Mol. Bioeng., 8(3), 471~487(2015). [PMID:26495044]
  15. Huang, Z.H., et al., J. A.m. Chem., 134(21), 8730~8733(2012). [PMID:22587010]
  16. Kawasaki, T. and Yu, R.K., Glycoconj. J., 34(6), 691(2017). [PMID:29105004]
  17. Yale, A.R., et al., Stem Cell Reports., 11(4), 869~882(2018). [PMID:30197120]
  18. Terao, N., et al., World J Gastroenterol, 21(13), 3876~3887(2015). [PMID:25852272]

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