HOME > お知らせ > 知りたい!環境微生物のシングルセル解析

知りたい!環境微生物のシングルセル解析

掲載日情報:2024/11/15 現在Webページ番号:70542

知りたい!環境微生物のシングルセル解析

地球上のあらゆる環境には微生物が生息しており、これらは独自の機能を有している。我々人類は、これらの微生物の特徴的な機能を利用することによって様々な利益を享受してきた。一方で、これまでに培養法が確立された微生物は全体のごく一部に過ぎないため、培養を経ることなく有用な微生物を同定し、それらが持つ有用機能を利活用することのできる技術の開発が求められている。中でも、環境中の個々の微生物の機能を明らかにするためには、 これらの微生物を1細胞(シングルセル)レベルで解析できる技術が必要となる。筆者らはこれまでに環境微生物のシングルセル解析を目指し、特にゲノムとメタボロームを標的とした解析技術の開発と応用を進めてきた。本稿では、これらの基盤技術を解説するとともに、今後の展望についても紹介したい。

環境微生物は未知の有用遺伝子の宝庫である

 環境中の微生物は、産業上有用な酵素や抗生物質、抗がん剤など、様々な有用物質の生産能を持つことで知られており、人類は長年にわたってこれらを利用してきた。また近年では、微生物そのものを利用する以外にも、微生物が持つ遺伝子を情報として活用する取り組みが進められており、微生物が持つ有用遺伝子の配列情報は、資源として注目を集めている。一例として、2016年には環境汚染の大きな要因となっているプラスチック材料の一つであるPET(ポリエチレンテレフタラート)を分解できる微生物が、自然界から発見された1。さらに、これらの遺伝子情報に基づき、機械学習などの手法を用いてPET分解酵素に変異を加えることによって、より分解活性の高い酵素がエンジニアリングされている2。このように、環境微生物が持つ有用な機能を人工的に設計・構築する学問分野は合成生物学(バイオものづくり)と呼ばれており、医療、エネルギー、食糧など、あらゆる分野に革新をもたらす可能性があるとして、近年注目を集めている。こうした状況において、環境中に存在する未知の有用遺伝子情報を詳細かつハイスループットに取得できる技術が求められている。

1細胞レベルでのゲノム解析に向けた技術開発

 環境中の微生物のゲノム情報を収集するための手法として、微生物集団からまとめて抽出したDNA(メタゲノム)を対象に一括で配列情報を取得する手法が広く行われてきた。メタゲノム解析は網羅性に優れている一方、株レベルのゲノムの多様性を区別することができない、プラスミドやファージの配列が欠損しやすい、といった欠点が存在する。そこで我々は、微生物のゲノム情報を個別に解析できる技術の開発を目指し、マイクロ流体デバイスを用いて作製するピコリットル容量の微小液滴(ドロップレット)を反応場として用いた、1細胞ゲノム解析技術の開発と応用を行ってきた3。微小空間であるドロップレット内に微生物1 細胞を閉じ込めてDNAを増幅することにより、目的外のDNAの混入リスクを抑制し、かつ1本のチューブ内で 105個以上の細胞に対して一度にゲノム増幅を行うことが可能となった(図1)(Single-cell amplified genome in gel beads:SAG-gel)。本技術は、これまでに報告されている環境微生物を対象とした1細胞ゲノム解析技術の中でも、世界トップレベルの精度とスループットを有している4。本技術の活用により、これまでに土壌5や海水6、海洋堆積物7、腸内8などの多様な環境試料から、未知微生物のゲノムデータを大規模に収集してきた。これらの配列情報は株レベルの解像度を有しているため、複数の環境試料から取得された配列情報を比較することによって、異なる場所や時間において、それぞれの微生物がどのように環境に適応し、個々の役割を果たしているのかをゲノム情報をもとに推測することができる。また、二次代謝産物生合成遺伝子などの特徴的な配列情報を、保有する微生物の系統情報が紐づいた状態で取得することができる。これらの配列ビッグデータは、遺伝子情報をもとにしたバイオものづくりにおいて貢献が期待される。

ドロップレットを反応場として用いた1細胞ゲノム増幅

図1 ドロップレットを反応場として用いた1細胞ゲノム増幅

A:環境試料から調製した微生物画分をデバイスに導入し、粒径約30 μmのドロップレットを高速に連続生成する。それぞれの細胞は異なる ドロップレットに封入され、個別にDNAが増幅される。
B:1つのドロップレットの容積はピコリットル容量のため、1つのチューブ内で大量のドロップレットを回収し、反応を進めることができる。

DNAウイルスの1粒子ゲノム解析への応用

 環境中の微生物に感染能を有するウイルス(主に細菌に感染するバクテリオファージ)は、微生物以上の多様性を持つとされている。環境中のウイルスは、宿主に感染することによって微生物叢を制御する機能を果たすほか、微生物間での遺伝子の伝播に関与していることが知られており、近年ではファージを用いた細菌感染症の治療ツールや種々のバイオエンジニアリングのツールとしても注目されている。実際に、近年のゲノム編集ツールに革新をもたらしたCRISPR/Casシステムは、ファージ感染に対する細菌の防御機構の一つとして発見された。また、生化学実験において汎用されるDNA/RNAポリメラーゼには、ファージ由来のものも多く使用されている。このように、微生物のゲノム情報と同様、環境中のウイルスのゲノム情報を詳細かつ網羅的に解析することは、未知の有用遺伝子の収集にむけて重要である。そこで、SAG-gel法の改良を行うことにより、環境中のDNAウイルスを対象とした1粒子レベルでのゲノム解析手法を開発した。一例として、河川水を対象としてウイルスゲノムの解析を行うことにより、従来のメタゲノム法では取得することのできなかった多様なウイルス配列が獲得可能であることが明らかになった。また、同種と判定されるウイルスの配列多様性を評価することにより、宿主細菌が有する内的防御機構に対する回避機構を種レベルで多様化させている可能性を初めて明らかにした9(図2)。このように、環境ウイルスのゲノム情報を1粒子レベルで解析することにより、ウイルス─宿主間の相互作用を理解するための重要な知見を得ることができた。

1粒子ゲノム解析によって示唆されたウイルスの宿主適応戦略

図2 1粒子ゲノム解析によって示唆されたウイルスの宿主適応戦略

A:ウイルスに保有遺伝子の多様性がない場合、宿主がウイルスに対する防御機構を獲得すると、ウイルスは感染を成立させることができな くなる(図では宿主の防御機構の例として、DNAの分解機構をハサミで示す)。
B:ウイルスに保有遺伝子の多様性がある場合、宿主の防御機構に対する回避機構を多様化させることによって、感染成立の可能性を高める 事ができる。

顕微ラマン分光法による1細胞メタボロミクス解析

 近年、ラマン分光技術の進展により、シングルセルレベルでの非破壊的なメタボロミクス解析が可能となってきており、上述のシングルセルゲノム解析技術と組み合わせることで同一細胞のマルチオミクス解析が実現されてきている。ラマン分光法は、単一波長の励起光を照射するだけで試料を非破壊的に分子解析することができる分光学的手法であり、ドロップレットに封入されたシングルセルに対して適用することも容易である。単一細胞から得られるラマンスペクトルは、構成分子由来の様々なスペクトルが重畳した形となっているが、スペクトル分解解析を実施することで各種分子の同定、定量が可能となり、メタボロミクス解析が実現される。例えば、海綿動物の共生細菌画分に対してドロップレットを用いて解析した研究では、ラマン分光解析を用いることで、特定の有用物質を産生する菌体をシングルセルレベルでスクリーニングできることが示された(図3)10。これにさらにシングルセルゲノム解析を実施することで、生合成遺伝子配列の特定にもつながった。また、この技術によって真菌Penicillium chrysogenumが生産する抗生物質ペニシリンの細胞内局在11や、ペニシリンの細胞外顆粒を介した細胞外分泌を可視化することに成功した12。この成果は、ペニシリンの国内製造の現場への貢献にもつながっている。
 本技術は、難培養微生物に対するマルチオミクス解析や、ターゲット物質高生産株のスクリーニングなど、幅広い活用が期待される。

ラマン分光メタボロミクス解析による1細胞スクリーニング

図3 ラマン分光メタボロミクス解析による1細胞スクリーニン
ドロップレットに封入したシングルセルに対し、ラマン分光を通じたメタボロミクス解析を行うことで有用物質産生菌を分取し、マルチオミ クス解析を実現することができる。

シングルセル解析の展望

 私たちが暮らすこの地球は、未知なる微生物の宝庫であり、それらを把握することは、産業面だけでなく地球環境を理解する上でも重要である。今回紹介したシングルセル解析は、今まで未知であった難培養性微生物も含む多様な微生物の存在を明らかにし、それらを有用に活用できる先端的な技術として位置付けられる。この技術は、私たちが目指すべき「One Health」に貢献するための重要な技術となることが期待されており、さらなる技術開発とともに、多くの研究者との共同研究を進めている。


参考文献

  1. Yoshida, S. et al., Science, 351(6278), 1196~1199 (2016).
  2. Lu, H. et al., Nature, 604(7907), 662~667 (2022).
  3. Hosokawa, M. et al., Sci. Rep., 7(1), 5199 (2017).
  4. Hosokawa, M. and Nishikawa, Y., Biophys. Rev., 16(1), 69~77 (2023).
  5. Kifushi, M. et al., J. Biosci. Bioeng., 137(6), 429~436 (2024).
  6. Nishikawa, Y. et al., ISME Commun., 2(1), 92 (2022).
  7. Jitsuno, K. et al., mSphere, 9(1), e00337-23 (2024).
  8. Chijiiwa, R. et al., Microbiome, 8(1), 5 (2020).
  9. Nishikawa, Y. et al., ISME J., 18(1), wrae124 (2024).
  10. Kogawa, M. et al., PNAS Nexus, 1(1), pgab007 (2022).
  11. H orii, S. et al., J. Nat. Prod., 83(11), 3223~3229 (2020).
  12. Samuel, A. Z. et al., Adv. Biol., 6(6), e2101322 (2022).

著者プロフィール

早稲田大学 先進理工学部 生命医科学科 教授
竹山 春子 先生

1992年 東京農工大学大学院 工学研究科 物質生物工学専攻修了、博士(工学)号取得
1991年~1994年 マイアミ大学海洋研究所 研究員
1994年~1999年 東京農工大学 助手
1999年~2005年 同助教授
2005年~2007年 同教授
2007年~ 早稲田大学 先進理工学部 生命医科学科 教授
2009年~ 早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学統合研究所 所長
2016年~ 産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ(CBBD-OIL)ラボ長を兼任
竹山研究室メンバーの集合写真
研究室のメンバーとのBBQ(前列左から3番目が竹山 春子 先生)

製品情報は掲載時点のものですが、価格表内の価格については随時最新のものに更新されます。お問い合わせいただくタイミングにより製品情報・価格などは変更されている場合があります。
表示価格に、消費税等は含まれていません。一部価格が予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承下さい。