知りたい!エクソソーム研究 最新動向・注目分野・今後の展望
東京医科大学 医学総合研究所 落谷 孝広 先生
掲載日情報:2022/10/17 現在Webページ番号:70284
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エクソソームによる体内情報伝達について教えて下さい
エクソソームという用語は、今では専門用語というよりも一般名になってきています。当初我々が抱いていたエクソソームという概念は、現在ではsEV(Small extracellular vesicles)に該当するものだと思いますが、今回は便宜的にエクソソームという呼称を使用します。
エクソソームが様々に応用される理由は、我々の細胞から分泌され、そして体内で生体情報のメッセンジャーとして機能しているからに他なりません。正常な細胞もエクソソームを分泌していますが、何らかのストレスやホルモン、体外からの暴露(PM2.5 や食品、食品添加物を含む化学物質など)といった様々な刺激に対して細胞が敏感に反応し、平常時とは異なるエクソソームを分泌するようになります。平常時に分泌されるエクソソームと刺激時のエクソソームでは、エクソソームの性状、つまり脂質二重膜にアンカリングしているタンパク質の種類とその翻訳後修飾の度合いや、脂質二重膜の脂質の構成が変化していることが分かっています。エクソソームが、ある細胞から別の細胞に情報を伝達するという目的および機能を持っていることを考えると、これらの変化は分泌する細胞が受けるストレスや、炎症や病態といった生理状態の種類に応じて細かく変化しているものと考えられます。
エクソソームによるリキッドバイオプシーについて教えて下さい
通常我々が生活を営んでいる中で、エクソソームを介した情報伝達を意識することはまずないと思います。しかし、あるものを吸い込んだ時に気道上皮細胞で起こる変化や、鼻粘膜や網膜、脳内で起こる変化、あるいは食品を摂取することにより食道や胃、大腸、肝臓や膵臓で起こる変化の中の一つとして、エクソソームによる情報伝達は確かに起きています。これまで、がん細胞と周囲の細胞が形成するがん微小環境に関してエクソソームの研究が進められてきましたが、それだけではなく、生理現象の全般においてエクソソームが情報伝達の非常に重要な役割を果たしていることが注目されています。エクソソームは最終的に血液や体液に流れ出てくるので、体内でどのような細胞が何を求めてメッセ―ジを発信しているのか、血液や体液の中のエクソソームを調べることにより知ることができます。これがリキッドバイオプシーです。
様々な種類の体液が試料になり得ますが、異なる体液からは異なる情報が得られると予想されます。例えば、同じ人から同時に採取した涙液、唾液、血液から得られる情報はそれぞれ異なるでしょうし、尿は全身の状態が濃縮されて出てくると考えられるので興味深い試料の一つです。
血液については、その中に存在する60% 程度のエクソソームが血小板由来であることが最近報告されました。残りの約40% の中に臓器組織由来の正常な状態、つまり様々な生理的な変化について情報交換をしているエクソソームがあり、さらにその中に紛れてストレスやがん、炎症といった異変によって分泌されたエクソソームが存在しています。
エクソソームによるリキッドバイオプシーは、微量の血液や体液から実施可能であり、いままでの画像診断や腫瘍マーカー、血液生化学検査などに比べ格段に多くの情報量を得られます。現在利用されている腫瘍マーカーは、がんが大きくなって免疫細胞に攻撃されたり、一部が壊死し、その細胞の断片が血液中に腫瘍マーカーとして現れることを利用しています。したがって、がんの早期には検出ができなかったり、正常組織で発現していたものが、時に偽陽性として検出されたりするという欠点があります。この欠点を補う、つまりがんを早期に正確に見つけることが、エクソソームによるリキッドバイオプシーには期待できます。がんの早期発見は生存率の向上に寄与するという科学的なエビデンスがありますので、そのメリットは非常に大きなものと考えます。
エクソソームによるリキッドバイオプシーにおける現状の課題について教えて下さい
ゲノムの変異やSNPsなどの遺伝性の特長以上に、エクソソームは今の体内の“現場”の情報を教えてくれる非常に多機能(マルチモーダル)な存在であると考えられます。我々はそこに魅力を感じ、エクソソームから得られる情報をリキッドバイオプシーに反映すれば、がんをはじめ認知症や、その人の精神状態、炎症の状態、さらには腸内細菌の状態など様々な体内の状態を理解できるようになると考えています。病院で大掛かりな検査をしなくても、唾液や尿といったサンプルから自分自身の体に何が起きているかを日常的にチェックして対処できれば、すべての疾患に共通して求められている早期発見/早期介入が実現できるようになると考えます。
また、エクソソームは正常な細胞や血小板など様々な細胞から分泌されており、特に生体試料には多種類のエクソソームが混在しているので、どのエクソソームがどの細胞に由来するのか、まだきちんと識別ができていない状況です。この課題を解決するためにはシングルエクソソーム解析が行えるような技術の開発が必要です。それができれば個々のエクソソームの情報が体の中のどんな細胞からのメッセージで、何を伝えようとしているのかがより深く正確に理解できるようになり、それが病気や体の不調に関わるようなものであれば、治療法や対処法の研究開発に繋がります。
人生100年の時代、大部分の人が健康で幸せな90歳台、100歳台を迎えるためにはまだ研究や情報が足りていませんが、リキッドバイオプシーを使って、今後起こり得る体の変化の“予兆”を把握し、早期に対処することはできると考えています。例えば我々が認知症に対して進めてきたプロジェクトでは、「あなたは認知症です」と認定するリキッドバイオプシーは確立されていませんし、治療薬も製薬各社が開発しているものの良いものがなかなか開発できていません。一方、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)の人から、半年後にアルツハイマー病になってしまうハイリスクの人を選び出すことができています。それが分かれば、発症を1年先、2年先へと延ばす努力ができますし、その間に良い薬が開発される可能性も生まれます。実際、欧米では軽度の認知症の方に対して積極的に食事や運動、音楽などで介入しており、瞑想(メディテーション)などが一定の予防効果を上げているという報告があります。
体の変化の“予兆”はどのように分かるのでしょうか?
またどのように疾患の予防につながっていくのでしょうか?
エクソソームに含まれる物質の一つであり、我々が長年リキッドバイオプシーのターゲットとして探求してきたmiRNAは体の中に約2,600 種類あります。通常それらは特定の均衡(バランス)をもって発現していますが、そこにストレスや行動の変化、加齢、外的要因などが加わることで、本来のバランスが崩れます。このmiRNA のバランスの崩れはエクソソーム中に含まれるmiRNA に反映されるので、リキッドバイオプシーで知ることができます。例えば、AYA 世代(15~39 歳)でがんになる方はmiRNA のバランスに変化が現れることが分かってきています。一方で、食品中のある成分がそのバランスの変化を元の正常な状態に戻してくれることも分かってきました。赤ワインに含まれるレスベラトロールやメチル化レスベラトロール(プテロスチルベン)が、ある特定のmiRNA の転写調節領域に作用して発現をコントロールしていることが分かっています。
例えば、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)のBRCA1またはBRCA2 といった遺伝子に典型的な変異がないにも関わらず、若くして乳がんになる方がいます。その原因を調べていて、我々はストレス応答に関与するmiRNA-27b に辿りつきました。miRNA-27b は平常時にはストレスタンパク質の発現を抑える働きをしていますが、ストレスがかかると発現が抑えられ、抗ストレスタンパク質の発現がオンになります。この反応自体は正常なものですが、ストレスが長期化すると問題が発生します。というのも、miRNA-27b はこの抗ストレスタンパク質の発現制御だけでなく、糖代謝や脂質代謝、薬剤排出など様々な反応にも関与しているmiRNA であり、これが長期的に抑制されることでストレス応答とは別のところに影響が出てしまうことが分かってきたのです。その後の研究でこの一連の反応が、ホルモン陽性乳がんの要因になっていることが証明されています。また、米国での乳がん患者のコホート研究の結果、糖尿病を併発し、経口糖尿病治療薬メトホルミンを服用している乳がん患者では、服用していない乳がん患者と比べて再発が少なく、予後が良好であったことが報告されました。メトホルミンは1950 年代に開発された医薬品で、マメ科の植物(ガレガソウ:Galega officinalis)に含まれる、ヤギの母乳の分泌を良くする成分です。
メトホルミンが乳がんの発生そのものを抑えるかどうかの治験はまだ実施されていませんが、人々の寿命を延ばす効果があるかどうかという研究に関しては、65~79 歳の3,000 人を対象とした6 年間の大規模なメトホルミン投与群と非投与群の比較試験、The TAME(Targeting Aging with Metformin)Trial が米国で始まっています。このメトホルミンの作用点の一つがmiRNA-27b であることが明らかとなってきていて、乳がん細胞にメトホルミンを投与すると、miRNA-27b の発現レベルが正常レベルに戻ることが確認されています。
哺乳類以外のエクソソーム研究に関する話題をお聞かせいただけますか?
哺乳類のみならず、生物界には、非哺乳類由来のエクソソームも広く分布しています。バクテリアの場合にはOuter Membrane Vesicle(OMV)という別名がついていますが、広義にはエクソソームに分類して良いと思います。また昆虫、植物、藻類、海洋生物などにもエクソソームはあり、今後これらの類似性や違いを解明するとともに、ヒト以外のエクソソームに目を向けていく必要もあると思います。なぜなら、この地球上で異なる生物種が関わり合って存在していることは明らかで、地球上のあらゆる生物がエクソソームを使って情報交換(Inter-Kingdom Communication)をしているように思えるからです。植物やバクテリアの細胞外小胞(EV)は、まだ分からないことばかりですが、電子顕微鏡で見る限りは哺乳類のエクソソームと同じに見えます。さらなる解析にはマーカーの情報や性能の良い抗体が必要であり、開発が待たれます。
エクソソームは細胞や個体、あるいは種を超えたゲノム情報の交換にも関与している可能性が考えられます。マサチューセッツ総合病院のXandra Breakefield 教授らのグループは、エクソソームにトランスポザーゼ活性があると報告しています。また、細胞の例では、KRAS 遺伝子のコドン12 に変異のある大腸がん細胞の培養上清から回収したエクソソームをNIH3T3 などに添加すると、一過性のKRAS 遺伝子コドン12変異の導入によって、正常細胞が形質転換を起こすことが確認されています。自然界の例では、マツの木に寄生するマツノマダラカミキリの染色体からマツの木のゲノムが見つかっています。どのような経路で、何のために取り込まれたのかは不明ですが、種を超えてゲノム情報が受け渡されている可能性を示す一つの事例です。エクソソームがカンブリア大爆発のようなゲノムの多様性の獲得や、その後の生物の進化に関わり、そして今でも生物界に広く保存されていて生物同士を繋いでいるのかもしれないと考えると興味が尽きません。
エクソソームの医療応用の現状と課題について教えて下さい
再生医療分野では、間葉系幹細胞が再生医療等製品第二種で承認されていますが、間葉系幹細胞の治療効果の大部分はその細胞自体の分化によるものではなく、分泌されるエクソソームやサイトカインの働きであると考えられ、その観点からエクソソーム治療(EV 治療)が注目されています。
例えば神経幹細胞由来のエクソソームは様々な病態に対する効果が期待されていて、脳梗塞のダメージからの回復や神経の再生をするだけではなく、腸炎などにも効くと言われています。実用化に向けては、異なるサイズのエクソソームにそれぞれどのような情報が含まれていて、どのような効果を示すのかといった生物学的な理解も必要ですし、エクソソームを大量に調製するための培養技術や精製技術の開発も必要です。さらに安全性に関しても未知の点が多くあります。
最後に、本記事を読まれている研究者の方々へのメッセージをお願いします
エクソソームは疾患のみならず様々な生理現象にも関わっていて、未病の改善やQOL の向上という面でも大きな可能性を含んでいます。さらには生物界全体の関係性や生命の進化という、より広いサイエンスの分野でも新たな発見をもたらしてくれるものと期待されます。
一方で、シングルエクソソーム解析技術、哺乳類以外のエクソソームのマーカーに関する研究、有用な抗体の開発、病気や体の不調に有効なエクソソームの探索とそのソースの発掘、そして再生医療に応用するための培養、精製技術の開発や安全性に関する研究など、エクソソーム研究にはまだまだ解決すべき課題が数多く残っています。
本稿が様々な分野の研究者の興味や気づきとなり、多くの方がこれらの課題の解決に取り組んでいただければ幸いです。
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