HOME> お知らせ> 【研究室でインタビュー】
神戸学院大学 薬学部 薬学科 衛生化学研究室 中川公恵 教授

【研究室でインタビュー】
神戸学院大学 薬学部 薬学科 衛生化学研究室 中川公恵 教授

掲載日情報:2022/08/05 現在Webページ番号:69938

研究テーマ、ご自身のエピソードについて語っていただきました!

神戸学院大学 中川公恵教授

神戸学院大学 薬学部 薬学科 衛生化学研究室
中川 公恵 教授

略歴

  • 1996年3月 神戸薬科大学 薬学部 衛生薬学科 卒業
  •     4月 神戸薬科大学大学院 薬学研究科 博士前期課程 入学
  • 1997年3月 神戸薬科大学大学院 薬学研究科 博士前期課程 中途退学
  •     4月 神戸薬科大学 薬学部 衛生化学研究室 副手
  • 1998年4月 神戸薬科大学 薬学部 衛生化学研究室 助手
  • 2006年3月 学位取得:薬学博士(神戸薬科大学)
  •     4月 神戸薬科大学 薬学部 衛生化学研究室 講師
  • 2012年4月 神戸薬科大学 薬学部 衛生化学研究室 准教授
  • 2020年4月 神戸学院大学 薬学部 薬学科 衛生化学研究室 教授

先生の研究テーマや展望についてお伺いします。

先生の研究テーマについて教えて下さい。

私たちの研究室では、脂溶性ビタミンであるビタミンDとビタミンKに関する研究を行っています。ビタミンDは、食事から摂取するほか、紫外線により皮膚で生成されています。しかし、最近はUVカットの方が優先されているため、皮膚での産生が少なく、年齢を問わずほとんどの人が不足や欠乏になっています。一方、ビタミンKは、普段の食事(緑色野菜や発酵食品)から比較的摂取されてはいますが、骨や体の機能に必要な量にはまだまだ足りないと言われています。ビタミンは、体の調子を正常に保つために必要不可欠な栄養素ですが、生活の中で特に目立った症状がなければ、気に留める方は少ないのではないでしょうか?しかし、わずか分子量450くらいの化合物であるビタミンDやビタミンKが、体の中では非常に巧みで重要な役割を担っており、まだまだ明らかにされていない新しい働きを秘めています。

私たちの研究室では、組織特異的な遺伝子欠損マウスや培養細胞を使って、ビタミンDやビタミンKの新たな機能の解明を進めています。特に現在は、ビタミンKの新たな作用を解明するための研究を中心に取り組んでいます。

ビタミンDとビタミンKを中心とした脂溶性リガンドが果たす生体機能制御機構の解明と疾患予防・治療への応用

日焼け対策のし過ぎが、ビタミンD産生にとっては良くないのですね。

ビタミンDは、日照の紫外線の作用によって皮膚で7-デヒドロコレステロールから合成されるのですが、最近では日焼け対策が過剰になっていて、年齢を問わず日照によるビタミンDの産生量が少なくなっています。もちろん、ビタミンDを含む魚やきのこ類を食べることでもビタミンDは摂取できるのですが、そんなに毎日魚を食べるわけでもなく、きのこも何キロも食べるわけではないので、結果的に食事からの摂取だけでは足りていません。現在では、日本人の9割近くがビタミンD不足か欠乏というような状況で、実際に血液中のビタミンD濃度を測ると、女子大学生は深刻なくらいに不足している人が多くて、「高齢者になったらみんな骨粗鬆症やね」と冗談ではなく心配になるような状態になっています。そしてもっと問題なのは、赤ちゃんや子供にも日焼け止めをべちゃべちゃに塗っていることですね。小児科の先生に聞くと昭和の栄養不足の時代かっていうぐらいにビタミンD欠乏症である“くる病”になる子供が増えているそうです。これには、子供への日焼け止めに加えて、母親がビタミンD不足であることも原因になっています。胎児や新生児・乳児は、母体からビタミンDが供給されなければなりません。しかし、母親のビタミンD不足によって、胎児への供給や母乳の中のビタミンD量の不足し、母乳しか飲んでいない子供は当然足りないという悪循環になっています。このような状況は、残念ながら多くの方に認知されていません。そのため、小児科では母乳と粉ミルクの併用を勧めていることも多く、母乳だけじゃ足りない栄養素があるんですよ、ということをぜひ知っていただきたいと思います。

最近は、ロコモティブシンドロームの予防や免疫力向上の観点から、ビタミンDの栄養学的な重要性が見直されてきています。厚生労働省が出している日本人の食事摂取基準では、2015年から2020年には摂取基準が増えました。ですが、これは太陽光を浴びて補充される分をプラスして考えられているのが現状です。そのため、太陽光による分は、UVカットしているとゼロに近いレベルになってしまうので、それじゃあ絶対に足りないよという状況になってしまいます。もっと多くの人に、ビタミンDが必要であることを知っていただきたいと思います。

今、日本人は本当にビタミンDが不足している人が多い状態です。でも、不足しているからと言ってすぐに目に見えて何か症状が出るわけではないので、意識が薄いのだと思います。私も市民講演などでこのことをお話すると、皆さん「えっ?そうなんですか?」と驚かれるので、やっぱり認識がまだまだ低いなと感じますね。もちろん、目立った病気が出ると欠乏ということは意識されるんでしょうけれど、病気になってからでは意味がないので、病気にならない段階の予防を意識させることが大切だと思います。そのためには、研究のエビデンスが必要なのですが、まだまだそれは少ないですね。私たちがしっかり研究を進めてエビデンスを生み出すことが重要だと日々感じています。

神戸学院大学 中川公恵先生-2

やはり紫外線の影響が気になってしまうのですが、具体的にどのくらい日に当たると良いのでしょうか?

ビタミンDを作るのに、日焼けして皮膚が赤くなるほど太陽を浴びなくても大丈夫です。夏場だと10~15分も太陽に当たればいいぐらいなんです。木陰でも30分ぐらい、冬場だと日向で1時間程度太陽を浴びるだけでも1日に必要な量を皮膚で作ってくれます!



エビデンスが少ないというのはどういった背景があるのでしょうか?

日本人の場合は、ビタミンDについて研究している人が限られているというところと、栄養というよりは病気に対する治療薬という意識でビタミンD製剤に関する研究が多いためではないかと思います。もともと体にあるレベルのビタミンDがどれだけの役割をしてるかという研究は、どうしても少ないのかなという感じですね。最近では、コロナの重症化予防とか、感染率の低下とビタミンDの関係が結構注目をされていて論文も多く出されてきているので、そういう意味では少しビタミンDも注目をされるようにいるように感じます。



ビタミンDとビタミンKを研究することになった経緯を教えて下さい。

ビタミンKの研究は15、6年前から始めたぐらいで、一番最初のベースはビタミンDです。神戸薬科大学の衛生化学研究室では、私が所属する以前からずっとビタミンDの研究を専門的にやっていたのですが、当時教授でいらっしゃった岡野登志夫先生(現・神戸薬科大学名誉教授)は、ビタミンKの研究をやりたいと若いころからずっと思っていたそうです。あるとき、外部の先生からビタミンKの研究が進んでいないと相談を受けて「今がきっかけだ!」と思った岡野教授が急にビタミンKの研究もやるって言い始めたのです。下にいた私たちは「急にKやるの?」みたいな感じだったんですけど(笑)。ビタミンDで化合物の構造と生物活性研究はかなりしっかりやってたのと、ビタミンDの定量といったら神戸薬科の衛生化学と言われるくらい、誰しもが認める日本でも世界でもトップクラスの技術を持っていたので、定量が難しいと言われていたビタミンKについても研究室で高精度に定量する方法を確立することができました。

ビタミンKについては、摂取したビタミンK1がビタミンK2(メナキノン-4)へ生体内で変換されるという論文が60年前に出ていたのですが科学的には実証されておらず、そのメカニズムも解明されていませんでした。日本国内でこの研究をやっている研究者は少なくて、きっちりエビデンスが十分に示されていなかったので、学会で発表されていると「ほんまか?」みたいな感じで聞かれている印象でした。だから、それを科学的に証明すればいいんじゃないかということで、岡野教授が「うちでやろう。」とおっしゃって、そこからビタミンKの研究を本格的にスタートした感じです。



研究生活の中で嬉しかったことは何でしょう?

ビタミンK1がビタミンK2へ生体内で変換されるメカニズムを重水素標識ビタミンKを用いることで科学的に証明し、さらにその変換反応を担う酵素を世界で初めて発見してNatureにその論文を掲載することができたのは、これまでで最も嬉しい研究成果です。

ビタミンKの研究を始めたときに、有機化学がご専門の須原先生(現 芝浦工業大学理工学部教授)が研究室メンバーでいらっしゃって、重水素標識ビタミンKを作っていただいき、LC-MS/MSでのビタミンKの定量法を確立して下さいました。そのお陰で、マウスが摂取したビタミンKが必ずメナキノン-4に変換されているという事実を科学的に証明することができました。この変換反応を証明したのがちょうど2008年で、変換酵素を発見したのはそこから1年後くらいだったと思います。

変換反応は何か酵素がやっているだろうとは予想していましたが、教授も私たちも分子生物学的なスキルが高いわけではなかったので、「酵素を見つけられたらいいね。」ぐらいの気持ちでいました。しかし、やっぱり自分で酵素を発見したいと思うようになり、自分なりにいろいろ考えて酵素の探索をやろうとしました。すると、教授から「酵素を探すなんてのは技術がない素人が手を出すものじゃない。」と、全力で止められてしましました。それでも私はやってみたかったので、ビタミンK(メナキノン類)を全合成している大腸菌が持つメナキノン類を合成するときのプレニル化酵素であるMenAに着目しました。重要な酵素なら菌だけでなく種を越えてきっとヒトにもあるはずだと信じ、MenAとのホモロジー検索をヒトの遺伝子でやってみました。ただ、専門のソフトが大学にも研究室にもなければやり方も分からなかったので、インターネットで無料でできるホモロジー検索のサイトやソフトとかの口コミを見ては色々試してみました。その中で「今ダウンロードしたら3週間無料で使えます」みたいなアミノ酸の相同性解析ができるソフトを使ってやった時に、アミノ酸配列で約30%くらいの相同性がある酵素が2つピックアップされました。私は「もうこれに賭けてみよう」とsiRNAで細胞レベルでのノックダウンをしてみました。結果は見事に的中!2つのうちの1つが当たりでした。見つけたときは夜中で、大学院生とか2、3人しか研究室にいない中で「あったあったあったー!」と大騒ぎをしたのを今でもよく覚えています。このとき、ビタミンK変換酵素であるUBIAD1(UbiA prenyltransferase domain containing protein 1)を発見しました。とはいえ、教授には反対されていたので、siRNAは内緒でこっそり買って実験し、教授には全部データを揃えてから直談判同然で結果報告をしに行きました。説明をすると、それまで反対していた教授が「だから僕がやりなさいって言ったじゃない!」って。ちょうどその時は教授室のドアを開け放っていて、隣の休憩室でその声を聞いた学生達(私と一緒に内緒の実験をしてくれていた学生達)は、「岡野先生嘘ばっかり言ってるー!」と椅子からガタガタと落ちて吉本新喜劇みたいな状況になりました(笑)。



Natureへ投稿する際も「この研究を投稿するならNatureだろう」という感じだったのでしょうか?

それも最初は教授に「無謀なチャレンジはやめた方がいい。」と言われていました。でも、「これは絶対出せるチャンス、今しかない!」と思ったので、教授に懇願し、投稿規定などを調べ、Natureに出したことのある先生にもお話を伺いにいって、論文を準備しました。エディターチェックをパスしたら絶対通ると言われてたので、カバーレターだけ読んでも中身の重要性が分かるくらい念入りに書いて投稿しました。そうしたら、1日でエディターから返信が来て審査に回ったんです。その後の審査はすごく厳しくて、最初にレビュアーが3人もついて、さらにサブのレビュアーにも回って、最終的には5人ぐらいのレビュアーからコメントがきました。「審査に回っているのなら、1年かけてでもとにかくレビュアーのコメントにきっちり返して行ったら通るから!」というアドバイスもいただいていたので、粘り強く追加実験をやっていきました。最初のリバイスは細胞のデータとかそのあたりが中心だったのですが、本当にその酵素だけで変換反応が行われている証明をしろというのが多分来ると予想していたので、酵素を持たない昆虫細胞のSF9でUBIAD1を大量発現させて酵素活性を評価する実験を投稿直後くらいから進めていました。そうして、3回くらいはリバイスをやって、最終アクセプトになったのは投稿してから1年後でした。 アクセプトの瞬間はみんなで「キターッ!」みたいな感じでお祭り騒ぎになりました!神戸薬科大学単独の論文で、Natureのようなビッグジャーナルが出たのは初めてだったので、当時の学長にもとても評価されました。



新しい系を取り入れることに怖さはありませんでしたか?

今でもそうですが、私は毎年1つや2つは新しい実験を取り入れるというコンセプトでずっとやってきています。大学院生から急に職員になっているので、学位の取得と仕事と両方やらなくてはいけなくて。職員になった最初の日には、岡野教授から「昨日まで君は大学院生だったけど、今日からは職員だから。僕はもう他の教員の先生達と一律に扱うから、そういう意識で仕事をしなさい。」と言われました。当然ながら、先生方とはもう10年以上も年もキャリアも違うので、そんな先生方を追い越すには、先生方よりも知っていることを増やして、先生方がやってないことを自分がやるしかないと思っていました。新しいことをやっている論文があれば自分でできないかを調べ、特殊な機械が必要というわけでなければ、試薬を買ってなんとかアレンジすれば出来そうだなって思うともうとにかくやるという感じでした。学生時代には細胞培養やPCR、ウェスタンブロッティングなどの最低限の実験しかできなかったのですが、初代細胞培養をやったり、siRNA導入も流行り出して早々にやってみたり。実験技術や手法に関しては本当に貪欲に新しいことを取り入れていました。



先生ご自身のことについてお伺いします。

研究テーマに興味を持ったきっかけを教えて下さい。

私は4年制薬学部の時代だったので、4年生で研究室配属だったのですが、そのときはしっかり研究をやっている研究室で研究をやってみたいと思っていました。それに、難しい薬を研究するよりもビタミンは授業で習っていて体に必要だし、新しい働きとかを調べているのがすごいなあと思って研究室を選びました。あと、研究室の先生方がすごく熱心に研究されていたのと、授業でも学生に対してもすごく丁寧に教えていらっしゃって、先生方の人柄が素晴らしかったこともあります。また、学生実習で干し椎茸に含まれているビタミンDの濃度を自分たちで測定する実習があったのですが、普段食べている食材の中にちゃんとビタミンDってあるんだと知ったのはすごい発見というか、面白かったというのが一番印象に残っています。そして食べているものがどうやって体に効いてるのかなって調べるのもなんかすごいなと思って研究室を選んだという理由もあります。



学生時代は研究室にずっとこもっていらしたとか…

そうなんです!学生時代あまり成績は良くないというか下から数えた方が早いぐらいだったのですが、実験するのはすごく好きでした。毎日授業が終わったら研究室に行って、他の友達とかはバタバタ帰っていくところ、夜9時10時とかまで研究室に入り浸っていました。岡野教授からは「早く帰って勉強しなさい。」とお叱言を言われることも。夏休みとかも基本的には「暇だから来ます!」と言って、アルバイトのない日には毎日研究室に朝から行って、自分の実験だけではなく大学院生の先輩の実験を手伝ったり先生の実験手伝ったり、私自身はすごく楽しんでやっていました。やったことない実験を先生がやらせてくれたり、大学院生の先輩が実験を教えてもらうために他大学の研究室へ行くのに一緒に行かせてもらったり。そういうのもすごく刺激的で面白いなあっていう感じでやっていました。

ラボ


大学院を中退されて職員になられたとのことですが、どのような経緯があったのでしょうか?

修士の2年生になる前くらいには就職活動もやっていて、一応内々定はいただいていました。ちょうど同じときに、研究室にいらっしゃった講師の先生が他大学に移られることになって、ポジションにひとつ空きができたんです。当時指導教官だった岡野教授のこだわりでご自分がよく知っている人を採用したいと。修士2年生の先輩方もいたのですが、皆さん就職が決まっていて修士1年生は私だけでした。私が就職するには1年待たなきゃいけないのですが、それは待っていられないので私を採るんだったら今すぐ大学院を辞めさせないと、っていう状況だったんです。それで岡野教授が私に「こういうポジションがあって、大学院を辞めて4月から職員っていう形で採ることができるけど、君はこないか?」みたいな感じで、顕微鏡がある薄暗い小部屋に呼び出されて、膝と膝を突き合わすぐらいの距離で説明されました(笑)。このまま企業に研究職として就職しても自分がやりたい研究ができるかどうかも分からないし、大変だろうけど今やっていて興味のある研究ができるのは楽しそうだなっていう本当に単純にそれだけの判断で、「やります!」って答えちゃいました。そうしたら「そうかわかった!じゃあそれで進めるわ~」みたいな感じで終わって、次の日には人生で初めて退学届を書きました。退学届に理由を書く欄があって「先生、どうやって書いたらいいですか?」って聞いたら「一身上の都合」でいいと。人事のことなので、正式に採用が決まるまではオープンにできなくて、研究室内でも岡野教授しか知らない状態だったので、私が退学届を出したっていう情報だけが先に研究室のみんなに知れ渡って、「なんでやめんの?」って建物の裏に呼び出されて心配されるっていうことが(笑)。

学部卒と同じ扱いで採用されたので、上に上がるには学位を取る必要があり、論文博士(論博)で学位を取る感じでした。教授からは「中退させてまで採用してるっていうのは、他の研究室の先生方からしたら『そこまでして採ってるんだからすごい人物なんだろう』みたいなそういう目で君は見られてるんだから、人より10倍努力せなあかん」って言われました(笑)。論博を必ず最短年限で取得しなさいとも言われて、朝も夜も休みもなくというくらい研究に邁進する生活をしていました。



岡野先生は恩人ですね!

まさに今の私があるのは、岡野先生のお陰です。先生との出会いが私の今のスタートだと思っています。 岡野先生からは「研究には学歴も出身地も年齢も男性も女性も関係ない。誰にもできなかった事実を最初に発見した者が正当に評価される。これほど平等なものはない。君にだって、世界一の研究ができる。」と言われたのがとても心に残っています。



博士号を取るまで大変だったかと思うのですが、それを乗り越えられた理由を教えて下さい。

自分が新しい発見してやろうみたいな、すごい野心があったんだと思います。誰も気がついていないことを自分が発見したいというそんな気持ちがありました。

一番最初に行っていた研究は、ビタミンDの構造活性相関です。様々なビタミンD誘導体による遺伝子の転写活性を評価して、こういう構造修飾をしたら活性が高くなるとか逆に低くなるとか、どういう構造が一番ベストなビタミンD誘導体になるかという研究をやっていました。研究テーマ自体は他のグループもやっていましたし、研究対象の化合物はオリジナルではあったものの、化合は共同研究先の先生方が合成されたもので、オリジナルという点では化合物が主という感じでした。そのため、活性評価という部分で、新たな結果を出さないといけないというところもあり、ビタミンD誘導体の新たな作用を見出すという点で、がん細胞に対しての作用を自分で調べたいなと思うようになりました。その頃に、活性型ビタミンDと同様の活性を持たない構造の化合物が、HL-60という白血病細胞に対してアポトーシスを誘導する作用があることを発見したんです。今まで捨てられていたというか、作用はないよねと言われて無視されていた化合物にビタミンDとは違う新たな働きがあるということを発見して、論文を3つ4つ出すことができました。学会などでも賞をいただき、「自分でも新しい発見ができた!」と感じ特に印象に残っています。

実はこの時も岡野教授には「君の実験何か間違っていないか?」と最初は疑われ、すごいひどいこと言われたんですけど(笑)。でもそれが悔しくて 絶対ちゃんと証明してやる!と闘志に火がつきました。当時はフローサイトメーターで細胞周期解析をすることを研究室では誰もやっていなかったので、自分で機械の使い方からマスターしました。アポトーシスを証明するのに、TUNEL染色をやったりDNAラダーの検出をやったりCaspase-3活性測定の系を立ち上げたり、それも全部論文を読んでプロトコールを立ち上げて、可能な限りのデータをとってやっと教授に納得してもらうことができました。今思えば、これは私を試す岡野教授の作戦だったのかなとも思います。



捨てられていた化合物に注目したきっかけは何だったのでしょうか?

活性型ビタミンDは、ヒト白血病細胞であるHL-60細胞の増殖を抑制し、正常細胞であるマクロファージや単球に分化誘導する作用を示します。しかし、ビタミンD受容体への結合性を持たず、ビタミンD標的遺伝子の転写を促進する作用もないビタミンD誘導体をHL-60細胞に処理したときに、分化誘導作用が見られない(マクロファージ様の形の細胞が観察されない)のに、なんとなく縮んだようなおかしな形の細胞があることに気がつきました。何度やっても同じような細胞が観察されるので、これは絶対何かある!と感じ、それが何かを調べたいと思ったのがきっかけです。その当時、たまたまアポトーシスブームで、アポトーシスについて色々と勉強していたので、「これってアポトーシスなんじゃないか?」と考えました。即座に流行りものに手をつけ、当時高価だった発売間もないTUNEL染色キットをこっそり買って実験したりして、全力で証明に取り組みましたね。



2020年に教授になられてから、なかなか自分で手を動かして実験することも少なくなっていらっしゃると思います。
やはり自分で実験をしたくなることはありますか?

余裕があったら一日中でもやっていたいくらいです!残念ながら他の仕事に忙殺されることが多いのが現状ですが…。だから、新しい細胞を買った時や新しい実験を学生に教えるときは自分でやったりするんですけど、その時はものすごく楽しんでやっています。たまに私がクリーンベンチでやってると「先生やってる…!」と学生がおののいてますけど(笑)。マウスの解剖も学生に教えていて、解剖技術は誰にも負けないくらい自信があります!解剖選手権とかあったら絶対優勝できると思いますよ(笑)。

学生に指導したり説明するのは好きなので、自分に時間と余裕があればいくらでも学生の相手をするようにしています。理解しながらやってもらうというスタンスでいつもいるので、できるだけなぜこれをするかとか、なぜこれをしたらいけないか、どういう問題が発生するかというとこも含めて割と丁寧に説明をしています。その代わり最初に脅すんです。「私が実験手技を教えるのは一回だけやから。2回目からは自分でやれると思って相手するから、この一回でちゃんと理解してね。」と。こういうと急に緊迫感が走って、急に学生が必死にメモを取り出したり動画を撮りだしたりしますね(笑)。



現在主宰されている衛生化学研究室には何人くらいの学生さんがいらっしゃいますか?

大学として、教授1人にだいたい1学年6~7人がつくというスタンスになっています。私の所はスタッフが私だけなので、今5年生が6人、4年生が7人で、次年度は1学年また入ってくるのでこれから7人増えるという感じです(インタビューは2022年3月に実施)。4年生5年生6年生で3学年持つので、全部で20人ぐらいですね。飲み会をしたり、お菓子を食べながらしゃべるっていうのが良いコミュニケーションになるんですけど、コロナ禍になってそれがなかなかできないのがちょっと寂しいなという感じがします。

私が学部生の時はいつも月1の宴会をセッティングするっていうぐらい、年中幹事みたいなことをしていました。研究室旅行とかも全部私が幹事をやって、旅行会社との交渉で最大限値切りまくったこともありました。職員になってからだと、私の家は学生の溜まり場みたいになってたので、月1くらいで私の家で鍋パーティーが催されていました。学生から「先生鍵貸して下さい!」と言われて鍵を渡し、学生が買い出しをして勝手に家上がって宴会の用意して、準備ができたら「先生もう良いですよ!」と私に電話がかかってきて(笑)。修士の学生を見ていた時は、修士論文の提出間際になると家にみんなが押しかけてきて修論を書いて、夕方になると「先生、お腹すきました!」みたいな感じで。結婚して子供ができる前までは結構家で宴会とかもしてて、産休中も修士の学生が修論を持ってきて「先生見て下さい。」っていうこともありました。私から学生に割と厳しくやいやい言うけど、その分飴を与えて労をねぎらって。だから今の研究室でも、「休憩室におやつ置いといたで!」と定期的におやつを支給したり、残って頑張ってる学生がいたら、アイスクリームとかお菓子とかを買ってきて差し入れしたりと、飴と鞭の飴の方を使ってます(笑)。

健康フェアでの活動1
健康フェアでの活動2

大学都市KOBE!発信プロジェクト「特別開催!健康フェア」での活動



研究に対するモットーやスタンスを教えて下さい。

神戸薬科も神戸学院もそうですけど、全国的・世界的にはいわゆる弱小研究室になります。ただ、そこからでも世界に発信できる成果は出せると思っているので、学生にもそういう意識で「自分がやったことが世界で初めての発見になるっていうチャンスがいつでもあるんだよ。」っていうことを伝えながら指導をしています。学生から職員になりたての時は、他の人がすごいなって思うことはよくありました。でも、国際学会に行って海外のいろんなところで発表すると、自分の研究にとても興味を持っていただいたり、「すごいね」と言われたりすることもあったので、大学の名前とか関係ないんやなっていうのをすごく感じました。Natureに載った時なんかは、全く知らないとこから講演依頼が来たり、想像していなかった分野からの共同研究依頼が来たり、世の中ってすごいと思いました。

私自身、論文に書いてある実験手技などは、やったことがない技術であっても、同じ人間がやっているのだからきっと私にもできるはずと思って、自分の研究に応用できる技術にはとにかく貪欲に取り組んでいます。「私だからできるOnly oneの研究がNo.1の研究になる」をモットーとして、常に新しい研究手法を自分のものにして研究を進めること、自分の研究分野に関連するものからどんどん脱線しながら広い分野の知見を得て、自分の分野に関連づけられるかどうかを考えるのが私の研究スタンスです。

また、独身時代は朝早くから夜遅くまで研究室に入り浸って寝る間を惜しんで研究をやって結果を出すという感じでしたが、結婚してからは同じような生活は成り立たず、子育てと家庭生活と仕事を両立させるのに苦労しました。1日24時間の中で子供のことや家のことをやる時間は絶対に必要ですから、それ以外の時間をどれだけ有効に使って仕事をするか、そんな時間の使い方になっています。そういう意味では、限られた時間で仕事をするのに長けているのでは?と自画自賛です(笑)。



最後に、学生・若手研究者に向けてメッセージをお願いします!

昔と違って、最近はインターネットでいろいろな情報が簡単に入手できますが、それを上手く活用できていないように思います。自分の研究を丁寧かつ確実に行うことは最低限に必要なことですが、それと同時に、研究内容に関連することを、論文やネット検索などを駆使して最大限に情報収集し、自分の研究に活かす努力をして欲しいと思います。そして、新しい研究手法や技術を臆することなく自分でもやってみるチャレンジ精神を持ち、自分だからできる発見をして欲しいと思います。

また、女性研究者の中には、仕事と家庭や子育てとの両立に不安や悩みを持たれている方も多いのではないでしょうか?女性研究者にとって結婚・出産・育児は、人生において非常に大きな変化であり、研究や仕事をする時間は必然的に減らさなければならなくなります。しかし、結婚や子育てという大きな人生経験によって得られるものは、研究や仕事と同様に自分自身のかけがえのない糧となります。研究や教育に対する能力に男女差はありませんから、ぜひ女性研究者の方には臆することなく研究を謳歌し、結婚や子育てと上手く両立して積極的にステップアップしてほしいと思います。そして、女性研究者の苦労をぜひもっともっと理解していただき、温かく支えていただける世の中になってほしいと思います。

本日はお忙しい中 ありがとうございました!


神戸学院大学 薬学部 薬学科 衛生化学研究室

神戸学院大学 薬学部 薬学科 衛生化学研究室メンバーの皆様

製品情報は掲載時点のものですが、価格表内の価格については随時最新のものに更新されます。お問い合わせいただくタイミングにより製品情報・価格などは変更されている場合があります。
表示価格に、消費税等は含まれていません。一部価格が予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承下さい。