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筑波大学 医学医療系/WPI-ⅢS 教授 櫻井 武 先生

知りたい!無意識の神経科学─睡眠・冬眠・意識の系統進化
筑波大学 医学医療系/WPI-ⅢS 教授 櫻井 武 先生

掲載日情報:2025/05/30 現在Webページ番号:69389

無意識の神経科学─睡眠・冬眠・意識の系統進化

「意識」とはいわば“自己と外界との関係性を理解し、感じ、反応する能力を管理する機能”である。一見すると、動物がこの意識という機能をオフにする睡眠や冬眠は、生存に不利なように思える。しかし実際には、意識と無意識は離散的な複数の状態として組み合わされ、進化の中で強固に保存されてきた。これは、無意識が生命維持にとって不可欠な機能であることを示唆している。
睡眠や冬眠といった“能動的な無意識”の存在は、意識が連続的であるという我々の直観に対し、根本的な再考を促す。また、無意識状態は単なる「意識機能の欠如や低下」ではなく、系統発生的に見ると、生存に有利なメカニズムとして積極的に活用されている。本稿では、睡眠と冬眠の神経科学的理解を起点に、意識・無意識状態の進化的意義を考察する。

ペプチド研究から睡眠・無意識の理解へ

著者らの研究グループは、1990年代より逆薬理学的手法を用いてGタンパク質共役型受容体(GPCR)の内因性リガンドを探索し、新規の神経ペプチドを同定してきた。こうした逆薬理学の手法で単離された物質は、未知の複雑な生理機能を持っていることも多い。その過程で、偶然にも覚醒や行動の制御に重要な役割を果たす神経ペプチドや神経細胞に行き当たってきた。オレキシン4はその代表例であり、覚醒の維持において極めて重要な役割を果たすことが明らかとなっている2、3
またオレキシンは、レム睡眠を抑制する作用を有しており、その後の研究により、レム睡眠の開始を制御する神経回路機構が解明された1
一方、睡眠とは異なるもう一つの無意識状態である冬眠と似た状態を、非冬眠性の哺乳類にも人工的に誘導できる神経群 Qrfp 陽性ニューロン(Qニューロン)が同定された5。この発見もまた、QRFP という神経ペプチドの探索を起点とした研究の成果である。
視床下部のQ ニューロンの操作により、マウスにおいて深部体温を低下させ、全身代謝を著しく抑制する「QIH(Q neuron-induced hypothermic/hypometabolic state)」という冬眠様状態を誘導できることが示された。マウスで冬眠様状態の解析を可能にしたこの技術は、冬眠と睡眠の機能的・進化的関係性を探る上で極めて有力なツールとなりうる。

睡眠・冬眠の進化的分化と意義

神経活動の低下を伴う睡眠状態は、線虫やクラゲなど神経系の発達が未熟な動物にも広く保存されている。このことは、無意識状態が中枢神経系の出現以前から生命活動に必要であったことを示しているのだろうか?このような「原始休眠」は、強い淘汰圧を受けながらも進化的に維持され、睡眠に進化してきたことが示唆される。
恒温動物の睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠という2つの状態があるとされてきたが、近年ではトカゲやタコ、さらにはゼブラフィッシュなどにもレム様睡眠を示唆する神経活動のリズムが報告されており、二相性の睡眠ステージが系統進化を超えて広く動物界に存在する可能性がある7
一方、冬眠は一見すると睡眠とは異なる生理状態に思えるが、変温動物ではその区別が困難であり、両者は共通の「原始休眠」から分化した可能性がある。原始的な生物にとっては「無動」がデフォルトであり、必要なときだけ外界からの刺激に反応して行動していたと考えられる。これが原始的な覚醒だと考えられる。覚醒は外界からの刺激によって誘発されるものなのだ。
実際にブタの脳を単離して生かす試みを行った実験では、単離された脳はノンレム睡眠に近い状態になる6。進化の過程で連続的な覚醒状態が獲得され、オレキシンのような覚醒維持機構が発達したと考えられる(図1)。
しかし、休眠状態も削除されずに保持されたことは、エネルギー節約や神経構造の調整といった適応上の利点があることを示している。

意識と覚醒の進化

無意識状態における記憶・シナプス変化

意識が時折分断されるにもかかわらず、我々は世界を連続したものとして認知できている。この「連続性の認知」は、無意識状態でも時間感覚や記憶が保持されていることに起因する。実際、睡眠は記憶の固定化に貢献することが知られており、無意識が単なる「意識の停止」ではなく、能動的な情報処理や神経修復を担う段階であることを示唆する。
とくにノンレム睡眠はシナプス恒常性維持に深い関係があるとされているが、QIH中にもノンレム睡眠に類似したシナプスの構造変化が見られ、少なくとも2種類の脳波パターンとその遷移が確認されている(未発表)。また、生き残るシナプスには特有の構造的保護機構が存在し、能動的な調整が行われていると考えられる。このような観察は、能動的・受動的無意識状態に共通する神経機構の存在を示唆し、離散的な意識状態の間で記憶や時間の感覚がどのように維持されているのか、さらにはノンレム睡眠中のシナプスの刈り込み機構を理解する手がかりとなる。
また、全身麻酔からの回復時にしばしば見られる時間間隔の喪失や逆行性健忘といった現象は、睡眠中に保持される記憶との比較から、異なる無意識状態間での情報処理メカニズムの違いを浮き彫りにする。これらの違いを明らかにすることは、意識の断続性と時間認識の神経基盤の理解に直結する。

睡眠・冬眠研究と今後の展望

近年、レム睡眠の切り替えに関して、橋や延髄といった脳幹の神経回路に加え、扁桃体におけるドーパミン神経の活動が重要な役割を果たしていることが明らかとなった1。古い神経伝達物質であるドーパミンや大脳辺縁系と睡眠制御系との関連からも無意識の制御にアプローチしていくことが必要になる。
一方、無意識の生理機能に対する概日時計の影響、すなわち「時刻依存的な無意識脳の制御」のメカニズムの解明も今後の課題である。中枢時計からの出力がどのように睡眠や冬眠状態を制御するのか、またそれがどのように行動や代謝と統合されているのかを明らかにすることが、神経科学・生理学の統合的理解に資するであろう。
睡眠や冬眠という一見非効率にも思える無意識状態は、実は神経構造のメンテナンス、記憶の強化、エネルギー節約といった生存に不可欠な生理機能を担っている。そして、それらは進化の過程で削除されることなく保存され、むしろ複雑化してきた。無意識脳の研究は、意識の本質を問い直し、脳の全体的な理解に新たな地平を拓くものである。今後は、行動科学・神経生理学・分子生物学・時間生物学などの多角的視点を統合し、無意識の神経基盤とその進化的意義に迫る研究が期待される。


参考文献

  1. Hasegawa, E., Miyasaka, A., Sakurai, K., Cherasse, Y., Li, Y., and Sakurai, T., Science, 375,(6584), 994~1000(2022).
  2. Sakurai, T.,Nat. Rev. Neurosci., 8, 171~181(2007).
  3. Sakurai, T.,Nat. Rev. Neurosci., 15, 719~731(2014).
  4. Sakurai, T., Amemiya, A., Ishii, M., Matsuzaki, I., Chemelli, R. M., Tanaka, H.,et al., Cell, 92,(4), 573~585(1998).
  5. Takahashi, T. M., Sunagawa, G. A., Soya, S., Abe, M., Sakurai, K., Ishikawa, K., et al., Nature, 583, (7814), 109~114(2020).
  6. Vrselja, Z., Daniele, S. G., Silbereis, J., Talpo, F., Morozov, Y. M., Sousa, A. M. M.,et al., Nature, 568, 7752), 336~343(2019).
  7. Yamazaki, R., Toda, H., Libourel, P. A., Hayashi, Y., Vogt, K. E., and Sakurai, T.,Front. Psychol., 11, 567618(2020).

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