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名古屋大学 生物機能開発利用センター 野田口 理孝 准教授

接ぎ木の研究、最前線 ~温故知新で未来を開拓~
名古屋大学 生物機能開発利用センター 野田口 理孝 准教授

掲載日情報:2022/06/01 現在Webページ番号:69354

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紀元前から2,000 年以上も利用されてきたとされる接ぎ木は、農業だけでなく植物科学の分野にも新しい知見をもたらしてくれました。

例えば15 年ほど前に発表された、花を咲かせるホルモン(フロリゲン)の実体が低分子ホルモンではなく、FLOWERING LOCUS T(FT)タンパク質であるという発見には、接ぎ木実験が貢献しました。その後も接ぎ木実験は、植物の栄養状態や、環境ストレスへの適応の仕組みを紐解く場面において有効に使われてきました。私たちは、そんな接ぎ木の利用を拡張する「異科接木」を実現し、iPAG 法と命名して植物が発揮するたくましい能力の研究を進めています。

電子顕微鏡の下で明らかとなる、細胞壁がつながる様子や、細胞内のオートファジー現象、さらには植物の体内を循環する多彩な分子まで、接ぎ木の研究からワクワクする生物現象が見つかってきています。

名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 野田口 理孝 准教授

野田口 理孝。1980 年生まれ。2009 年京都大学大学院修了。理学博士。同年から12 年までカリフォルニア大学デービス校で研究員(日本学術振興会海外特別研究員)。12 年からは、名古屋大学大学院理学研究科研究員、理学研究科特任助教(JST さきがけ研究員)、生命農学研究科助教(文科省卓越研究員)、トランスフォーマティブ生命分子研究所連携研究者を経て、19 年から生物機能開発利用研究センター准教授。専門分野は植物の全身性情報伝達、接ぎ木のメカニズム。これまでに、ナイスステップな研究者(NISTEP 選定)、日本植物生理学会奨励賞、バイオインダストリー奨励賞などを受賞。




実は身近にある接ぎ木


植物といえば、挿し木で増やせるなどクローンによる繁殖能力の高さが際立ちます。接ぎ木はそうした植物の繁殖能力を利用した技術といえます。二つの植物をつなげる接ぎ木は、通常は好きな植物の根の上に、育てたい植物をつなぎ、一つの植物と して育てる方法です。遺伝的に同一なクローンの増殖を得意とする植物ならではの技術です。

接ぎ木した植物は意外と身の回りにあります。例えばソメイヨシノは、全国で接ぎ木によって植えられています。果物もその多くが接ぎ木です。リンゴ、ナシ、ブドウ、ミカンなどの果樹と呼ばれる種類は、枝変わり品種など、遺伝的に不均一なヘテロ性の品種がクローンとして増殖されるため、接ぎ木することがほとんどなのです。さらに、トマトやキュウリなども接ぎ木苗から生産されています。それらの目的は、土壌病害に強くし、可食部となる果実の収量を多くすることです。このように、実は接ぎ木は私たちの身近な植物に使われており、接ぎ木した植物から採れた実を皆さんも食べているかもしれません。
そんな接ぎ木は、植物科学の研究でも大きく貢献しています。

植物体内を長距離輸送される分子の同定

花を咲かせるホルモンとして知られるフロリゲン、その実体はFT遺伝子から作られるタンパク質であることが2007年に明らかになりました。このフロリゲンの発見には、接ぎ木を使った実験が重要な役割を果たしました。

植物は季節を知覚して、適切な時期に花をつけることが知られます。光を浴びる葉において一日の昼夜の長さを計測して、植物は季節を知るのですが、花をつける場所は葉ではなく細胞分裂が活発な成長点になります。それでは、葉で知覚された季節の情報は、どのようにして茎の先端まで伝わるのでしょうか。
その情報の伝達を担うのが、フロリゲンです。季節を知覚した葉でフロリゲンが作られ、篩管を介して葉から茎の先端まで運ばれ、花を作る遺伝子の働きを活性化させ、花が作られるという仕組みです。このような植物体内を長距離伝達する分子の存在を暗示したのが、接ぎ木を使った実験でした。花が咲かない季節に育成した植物に、花が咲く季節に育成した植物の葉を接ぎ木したところ、本来なら花が咲かないはずの植物に花をつけることに成功したのです。最終的な証明実験では、フロリゲンとされるFT タンパク質が、接ぎ木した際に長距離輸送されることも示され、現在では生物の教科書にも掲載されるようになったわけです。

その後、植物の体内では様々な分子が運ばれていることが接ぎ木の実験で証明されています。地上部と地下部の成長バランスを決める分子、乾燥などの環境ストレスを知らせる分子、地上部の栄養状態をモニタリングして根における養分吸収を調節する分子、病原菌の侵入を知らせる分子、共生菌との連携を助ける分子などが見つかってきており、植物の生存に重要なシステムが次々に発見されています。
植物は動物のような神経系をもちませんが、周囲の情報をキャッチして生体内で統合する機能を発達させており、一つの個体としてどのように挙動するのかを決定していることが分かってきたのです。

植物体内を長期輸送される分子


どんな植物とも接ぎ木できる驚きの植物

日々、情報分子の研究に没頭し、植物を接ぎ木していた私は、驚くべき植物に出会いました。タバコ属植物です。接ぎ木は、植物が風に吹かれて枝が折れたり、踏みつけられて傷ついたりした際に発揮する「自分自身の傷口を再生する能力」を利用した技術です。そのため、近縁な仲間でないとその能力は発揮されず、接ぎ木できません。遠縁な植物を接ぎ木でつなごうとしても、傷の再生がうまく果たせず、つながりません。そんな常識をくつがえし、どんな植物を相手にしても接ぎ木を成功させたのが、タバコ(Nicotiana tabacum)を含むタバコ属植物でした。

タバコ属植物はナス科の植物で、仲間にトマトやナス、ピーマン、トウガラシなどの野菜が知られています。トマトの栽培に接ぎ木が用いられるように、一般にナス科の植物同士であれば接ぎ木は行えます。しかし、タバコ属植物はナス科のみならず、アブラナ科のキャベツ、ブロッコリー、マメ科のダイズ、アズキ、ソラマメ、ウリ科のキュウリ、カボチャ、他にもニンジン、ホウレンソウなどの野菜類、単子葉類のイネ科、ヤシ科、サトイモ科や、花卉類のキク、バラ、リンドウ、アサガオ、果樹類のリンゴ、ミカン、ブドウなど、これまでに38科73種の植物との接木が確認されています。これは接ぎ木の2000年を超える歴史の中で、類のない発見でした。

異なる科をつなげる接ぎ木ということで異科接木と呼びます。木に竹を接ぐ」という言葉のように、通常は異科接木は不可能の代名詞です。しかし、タバコ属植物の異科接木は可能であることから、 私たちはこの接ぎ木をinterfamily partneraccepting graft, iPAG と命名して新しい技術につなげようとしています。



タバコ属植物の異科接木

接ぎ木の鍵を握る酵素

さて、タバコ属植物はどのように相手の植物とつながるのでしょうか?

この謎を解くために、分子生物学の手法を活用しました。まずは、現象を正確に捉える必要があります。接ぎ木した部分の組織を切片にして、顕微鏡の下で観察します。接ぎ木した傷口からは、新しい細胞が増殖していて、傷口を埋めている様子が観察されました。
傷口で増えた一部の細胞は、根で吸収した水を個体全体に運ぶ道管に分化しているものもあり、水も運べるようでした。さらにつながった箇所を詳細に観察するため、電子顕微鏡を用いて接ぎ木境界部分を調べました。接ぎ木して数日経った頃に、接ぎ木された二種類の植物の細胞と細胞の境界部分を観察すると、植物の細胞の周辺を取り巻く細胞壁が消化され、薄くなっている様子が観察されました。この細胞壁の消化がどうやら植物を接着する鍵のようです。この頃に働いている遺伝子を100 個くらいまで絞り込んだところ、その中に細胞壁の主成分であるセルロースを分解する酵素が見つかりました。GH9B タイプの β-1,4-グルカナーゼです。このβ-1,4-グルカナーゼを実験的に失活させたタバコ属植物では接ぎ木が成立しなくなることから、接ぎ木に必要な酵素であることが証明されました。
なお、同定された β-1,4-グルカナーゼは植物に広く保存されており、他の植物の接ぎ木でも使われていることが分かってきています。ただし、この酵素が働くのは近縁な仲間同士の接ぎ木のときだけで、遠縁な植物と接ぎ木しても働きません。タバコ属植物では、本来の修復機構が自分自身が傷ついたときだけでなく、遠縁な植物と接ぎ木したときにも働くようになったことで、異科接木を果たすことができたと推察しています。

植物の底力の探究による植物学

接ぎ木の接着を促進する酵素が見つかったことで、その酵素を処理すれば接ぎ木の接着力が高まることが分かり、接ぎ木の効率を高める技術として利用が期待できるようになりました。さらに研究で遺伝子を絞り込んだ際には、β-1,4-グルカナーゼの他にも接ぎ木に重要そうな分子が見つかってきています。植物の細胞壁の消化や再構成の研究が進めば、病原菌がどのように植物の細胞壁を溶かして侵入してくるのか、侵入を防ぐ方法はあるかといった研究や、はたまた植物のバイオマスの利用を目的にセルロースからバイオエタノールを効率良く得ることができるかといった研究も開始できるかもしれません。

接ぎ木は、植物にとってみると茎が切断されるという非常事態であり、そこから再生する過程で起こる生物現象には、植物の強靭さを知る手がかりが詰まっていると予想されます。実際に、これまでに接ぎ木した領域の細胞内では、細胞の消化機構として知られるオートファジーが活発に起こっており、エネルギーの再分配が行われている可能性が新たに見出されてきています。では、それを引き起こす分子はどのようなものなのでしょう?傷の炎症を抑制する機構は働いているでしょうか?
自他の認識は介在するでしょうか?
次々に疑問が生まれます。接ぎ木研究は、そんな新しい植物科学の切り口になるかもしれません。

接ぎ木を未来の技術へ

接ぎ木研究の成果は、社会に貢献するでしょうか。
iPAG 法によって種類の異なる植物を組み合わせれば、病害にほとんど罹らない接木苗や、環境ストレスに強い接木苗が実現する可能性があります。その結果、農薬や化学肥料の使用量を削減できれば、地球環境への負荷を抑えた未来の農業が実現できるのではないかと期待しています。世界の人口増加や地球温暖化、近代の農業に伴うストレス土壌の拡大は待ったなしの問題です。研究の最前線では、人類が有史より活用してきた接ぎ木を科学にもとづいて進歩させ、持続可能な未来へ踏み出す挑戦が始まっています。

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