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国立医薬品食品衛生研究所
安全性生物試験研究センター薬理部 室長 山崎大樹 先生

知りたい!細胞培養の革新:生体模倣システム(MPS)が切り拓く次世代評価法
国立医薬品食品衛生研究所
安全性生物試験研究センター薬理部 室長 山崎大樹 先生

掲載日情報:2025/01/14 現在Webページ番号:65991

細胞培養の革新:生体模倣システム(MPS)が切り拓く次世代評価法 国立医薬品食品衛生研究所 山崎大樹 先生

生体模倣システム(Microphysiological systems:MPS)って?

 最近、MPSという用語を様々な学会や総説等で見聞きすることが多くなってきた。MPSというのは、オルガノイドのように1つの臓器に含まれる複数種類の細胞を三次元化することや、臓器チップ(Organ-on-a-chip:OoC)のようにマイクロ流路を有する手のひらサイズのデバイス上に細胞/スフェロイドを培養し、ずり応力(物体を流動させるのに必要な力)の付加や他の臓器・細胞との共培養などを可能にすることで、生体での生理的な環境をin vitroで模倣することのできる革新的な細胞培養プラットフォームである1。化粧品のみならず化学物質や医薬品業界においても課題となっている動物実験代替にも貢献できることから、筆者を含めて世界中の多くの研究者によって医薬品や化学物質に対する評価系構築、標準化、および規制への応用が進められている2

MPSで何ができる?

  医薬品開発においてMPSが注目されている理由の1つは、臨床予測性の向上(臨床に近い結果が得られること)が期待されていることである。従来の細胞培養では、プラスチック製のシャーレやフラスコに単一の細胞種(細胞株あるいは初代培養細胞)を播種し、必要に応じて増殖させている。

そこに薬剤を添加して細胞の生死や細胞内シグナル系などへの影響を評価するアッセイに用いることが多いが、単一細胞のみを用いたアッセイでは期待される薬剤応答性が得られないことが多く、臨床の予測精度に限界があった。また、動物実験では種差による応答性の違いが問題となることが多く、ヒトiPS細胞技術等を応用し、ヒト細胞を用いた次世代のin vitro評価法開発が喫緊の課題であった。

MPSでは、前述のようにオルガノイドを三次元に培養すること、ずり応力を付加すること、複数種類の臓器・細胞と共培養することなどで、より生体に近い環境を作り出すことが可能になっている3。このことから、MPSとヒトiPS細胞技術等を組み合わせることで、薬効評価や毒性評価等においてヒトに近い応答性が得られることが見出されてきている4。Emulate(米国)、CN Bio(英国)、Mimetas(オランダ)やTissUse(ドイツ)等のベンチャー企業において開発されたMPSデバイスがすでに製薬会社の意思決定に利用されており2、海外の大手製薬会社エキスパートへの調査では、毒性領域においてMPSに含まれるOoCが2~5年以内にゲームチェンジャーになり得るとされ、次世代の評価系として今後の発展が大いに期待されている5

肝-心共培養系による肝代謝を考慮した心毒性評価

 筆者は国立医薬品食品衛生研究所という厚生労働省管轄の研究機関に所属している。ここでは、レギュラトリーサイエンス、つまり“私たちの身の回りの物質や現象について、その成因や機構、量的・質的実態、および有効性や有害性の影響をより的確に知るための方法を編み出し、その成果を用いてそれぞれの有効性と安全性を予測・評価し、行政を通じて国民の健康に資する科学”を実践している。医薬品等によるヒトへの安全性を確保するための科学的な証明や試験法の開発、さらに実際の規制のためのデータ作成と評価を行うことが業務である。このことに基づき、現在はMPSを用いて医薬品の安全性確保のための試験法開発を進めている。具体的には、ヒト凍結肝細胞とヒトiPS細胞由来心筋細胞から作製した三次元心筋組織の共培養系により肝臓での代謝物を考慮した心毒性評価系の開発を行っている。

木村啓志教授(東海大学)が開発したオンチップポンプ型(灌流型)MPSデバイスには1系統あたり2つのウェルがあり、その2ウェルは2本の細い流路で繋がっている。片方の流路の途中にはマグネティックスターラが搭載され、磁気により回転させることで2つのウェル間の溶液を灌流することができる(図1)6。一方のウェルにヒト凍結肝細胞を播種し、もう一方のウェルにヒト三次元心筋組織を搭載して、肝細胞側に薬剤を添加し液を灌流させると、薬剤あるいは肝細胞で代謝された代謝産物が心筋組織へ到達する(図2)。

オンチップポンプ型 MPS デバイス

肝-心共培養系による肝代謝を考慮した心毒性評価

筆者らは心筋組織の収縮を評価できるシステムを構築しており、薬剤あるいは代謝産物による収縮への影響を評価することができる7。例えば、催不整脈作用を有するテルフェナジンを投与した場合、心筋組織単独の場合は収縮抑制が起こるが、肝-心共培養の場合はテルフェナジンが催不整脈作用の極めて弱いフェキソフェナジンに代謝されるため収縮抑制が減弱するという結果が得られている。このように、MPSを用いることで従来の培養系では実現できなかった生理的なアッセイが可能となった。

MPS 実用化推進協議会

 筆者は、前述のレギュラトリーサイエンスを実践する業務の中でMPSを医薬品や化学物質の規制に利用するためのデータ取得やガイドラインへの提案についても進めている。その一環として、MPS実用化推進協議会(以下、協議会)事務局を務めている。協議会というのは、石田誠一 教授(崇城大学)を代表として、2023年8月に設立された日本におけるMPS関連コンソーシアムである。本協議会は、日本国内におけるMPS研究の活性化・社会実装および日本発試験法のガイドライン化の推進、ならびにMPSの開発を基礎研究とレギュラトリーサイエンスの両面からリードするための議論の場を提供することを目的としている。会員としては、MPSを提供する会社はもちろんのこと、MPSに搭載する細胞メーカー、アッセイ系を提供する機器メーカー、エンドユーザーとして製薬会社や受託試験機関、アカデミア、官公庁から多くの方々に会員登録していただいており、現在の会員数は約300名である(2024年10月現在)。活動として年に1回の学術シンポジウム(第2回:2025年1月10日、タワーホール船堀)の他、MPSに関連する情報の回覧、不定期なウェビナーの開催を行っている。学術シンポジウムでは、著名な研究者からの講演の他、学術的なポスター発表や企業展示、実際のMPSデバイスに触れることのできるハンズオンを企画しており、AMEDの予算に紐づいた活動であるため今のところ参加費無料としている。興味があれば是非入会をお願いしたい。

おわりに

以上のように、MPSは世界で非常に注目されている分野である。海外では、日本よりも先行してMPSデバイスの研究開発や評価系開発が進められており、上記に挙げたベンチャー企業以外にも多くの会社が存在してデバイスやサービスの提供を行っている。日本でもAMEDの支援による研究が進む中でいくつかの企業からデバイスが販売されるなど社会実装が進みつつある。本稿が日本におけるMPS研究活性化の一助になれば幸いである。

参考文献

    1. Leung, CM.et al., Nature Review Methods Primers, 2, 33 (2022).
    2. Uwe, M.et al., ALTEX, 37, 365~394 (2020).
    3. Ribeiro, AJS. et al., Clin. Pharmacol. Ther., 106, 139~147 (2019).
    4. Ewart, L.et al., Commun. Med. (Lond), 2, 154 (2022).
    5. Pognan, F.et al., Nat. Rev. Drug Discov., 22, 317~335 (2023).
    6. Shinha, K.et al., Micromachines, 12, 1007 (2021).
    7. Yamazaki D., YAKUGAKU ZASSHI, 143, 55 (2023).

謝辞
本稿で紹介した研究は、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)研究費補助金(JP22mk0101222、JP22be1004201およびJP22be1004301)による支援を受けて行いました。また、多くの先生方や室員との共同の研究成果になります。
この場をお借りして深謝致します。

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(テクニカルサポート 試薬担当)

reagent@funakoshi.co.jp

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