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糖鎖生物学が、がん研究に与える影響

掲載日情報:2024/04/09 現在Webページ番号:71314

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by Hikmet Emre Kaya, Ph.D.


糖鎖イメージ像

がんは誰でもなる可能性がある疾患ですが、いまだにがんの発生要因は完全に解明されていません。今日までに解明されたことは、細胞表面のタンパク質にがん発生の基盤となる仕組みがあるということです。通常、これらのタンパク質は分裂、遊走、物質の輸送など、細胞に不可欠な機能を担っています。それが異常な変化を起こすと、細胞も異常をきたし無秩序に分裂し、体内のリソースを急速に消費してしまいます。

これらのタンパク質に複雑な糖を付加するグリコシル化は、おそらく最も影響力のある修飾です。糖鎖の構造的・機能的多様性には目を見張るものがあるため、その探索は特に困難です。しかし、糖鎖生物学研究の革新により、これまであまり研究されていなかったがんの領域に到達できる可能性があります。高度な糖鎖アレイ、合成化学、ハイスループットスクリーニングにより、糖鎖生物学研究の精度とスピードを向上させ、がんにおける糖鎖付加をより深く理解することができます。この記事では、糖鎖生物学を利用したがん研究のいくつかの領域に焦点を当てます。

バイオマーカー発見における糖鎖生物学

バイオマーカーは、がんにおいてタンパク質の発現、機能、構造がどのように変化するかを示します。米国委食品医薬品局(FDA)が承認したがんバイオマーカーの大部分は糖タンパク質であり、グリカンと呼ばれる糖鎖に共有結合した細胞表面タンパク質です。従って、がんにおけるグリコシル化の変化を調べれば、異常な糖タンパク質の形成につながった原因を明らかにすることができます。こうしてさらに新規バイオマーカー候補を発見する機会が生まれます。これらのバイオマーカーに関する具体的な知識があれば、異常な糖鎖形成の影響を緩和するために、より的を絞った抗がん治療薬を設計することができます。

がんの主要な指標のひとつは糖鎖の変化です。糖鎖の変化はさまざまな形で現れます。特定の糖鎖エピトープが存在する場合もあれば、他の糖鎖エピトープががん細胞では存在しない場合もあります。特定の糖鎖の相対的な存在量は、正常組織とがん組織とで異なる可能性があります。糖鎖の末端にフコースやシアル酸が付加されるなど、糖鎖がさらに修飾されることもあります。

例えば、ムチンペプチドは肺、胃、腸、その他さまざまな組織の上皮細胞表面に見られます。乳がんでは末端にシアル酸を有する短い糖鎖を持つムチンが豊富に存在することが発見されており、シアリル化ムチン構造の検出が腫瘍増殖の指標となることが示されています1

また、糖鎖の形成と解離を触媒する酵素群の仕組みは大変興味深いです。ムチンの例に戻ると、末端糖鎖にシアル酸を付加するシアル酸転移酵素(例えばST6GalNAc-ⅠとⅡ)の過剰発現が、乳がんによく見られる短い糖鎖レベルの上昇に起因していると考えられます2

バイオマーカーの研究はすでに糖鎖構造変化の発見から恩恵を受け始めています。乳がんの血清マーカーとしてムチン-1に由来するCA15-3、卵巣がんのCA-125(ムチン16)、膵臓がんのCA19-9(シアリル-ルイスA)など、がんバイオマーカーとしてFDAに承認された糖タンパク質抗原は増加の一途をたどっています3~5

ハイスループット薬物スクリーニング(HTS)における糖鎖生物学

最適ながん治療は、個別化医療(プレシジョンメディシン)が鍵となります。残念なことに、従来の放射線療法、化学療法、手術によるアプローチは不十分で、しばしば重篤な副作用や再発を引き起こすことがよくあり、的を絞ったアプローチを採用した最先端の戦略が切実に必要であることを示しています。

がんの標的療法はしばしば治療抵抗性のために妨げられることが多く、成功するのは一部の患者のみです。HTSは、大規模な化合物ライブラリーをスクリーニングし、より治療薬候補になる可能性が高い化合物を発見することで、こうした課題を克服できます。しかし、従来のHTSで得られた候補化合物は、標的阻害作用がないために臨床試験に至りませんでした。

1つの酵素が複数のタンパク質を修飾することができるため、HTSのターゲットとして最も適しているのは糖転移酵素活性で、ここ数年で有望な研究結果が発表されています。細胞ベースのHTSアッセイが初めて使用されたのは2017年で、転移酵素ppGalNAc-T3に対する可能性の高い阻害物質を発見しました6。それ以来、O-GlcNAc転移酵素(OGT)、ガラクトース転移酵素B4GALT1、ST6GalⅠなどを標的とするさまざまな細胞ベースおよび生化学的アッセイが開発されてきました。糖転移酵素特異的HTSアッセイにおける最近の進歩は、Trends in Cancer誌に掲載された総説論文にまとめられています7

併用療法における糖鎖生物学

グリコシル化の異常は、細胞内で腫瘍に関連した挙動を引き起こすだけでなく、既存の抗がん治療薬に対する身体の反応にも影響を与えます。

例えば、最近の研究で、攻撃的ながんの特徴である転移における糖鎖形成の役割が明らかになりました。低酸素の腫瘍微小環境では、グリコシル化の変化が細胞遊走を媒介することが示され、細胞は低酸素の場所から別の場所へ移動します8。このため、急速に転移する腫瘍を治療薬で除去することが困難になります。

抗体による免疫療法もまた、糖鎖付加によって悪影響を受けます。特にヒトT細胞は異常な糖鎖修飾を受け、腫瘍細胞との相互作用が変化することにより免疫チェックポイント回避が起こります9

がんワクチンにおける糖鎖生物学

がんの予防と治療法において、ワクチンの有効性はますます高まっています。ヒトパピローマウイルス(HPV)は長期的には子宮頸がんを引き起こす可能性があるため、子宮頸がんの予防策としてHPVワクチンが一般的に使用されています。しかし、がんワクチンの開発はまだ始まったばかりです。

がんワクチンは、がん関連糖鎖抗原(Tumor-associated carbohydrate antigens、TACA)を体内に注入し、免疫反応を引き起こすことで機能します。しかし、これらの抗原が免疫原性を引き起こすには不十分であることが判明しています。言い換えれば、これらががんに豊富に含まれていたとしても、身体は必ずしも脅威として認識しなかったのです。

この弱点を克服するアプローチの一つは、複数のTACAを含む多価ワクチンを開発することです。複数のTACAを体内に注入することで、より強力な免疫応答が引き出される可能性があります。糖鎖アレイは、無数の糖鎖エピトープに対する免疫応答を精巧にマッピングすることにより、有望な結果を示しています。膵臓がんワクチンは最近、糖鎖マイクロアレイを使用した研究が行われました。研究者らは、膵臓がん患者において免疫応答を促すN-結合型糖鎖、O-結合型糖鎖、血液型抗原を含む糖鎖抗原の一連のセットを発見しました。この研究結果は、ワクチンメーカーがワクチンの有効性を向上させるための指針となる可能性があります10

別のアプローチは、TACAをタンパク質担体と結合させて免疫応答を促進することです。これは、たとえ身体が単独の糖質抗原を許容しても、構造全体(糖質とタンパク質)をより大きな脅威として認識するという考えに由来しています。予備研究では、TACAをKLH、MUC1、BSAなどのキャリアタンパク質と結合させると、T細胞を介した免疫応答をしており、この仮説は実証されています11

がん研究の未来における糖鎖生物学

最先端のイメージングと定量化方法によって、より複雑な糖鎖生物学の実験をデザインし実行することができます。これらの実験結果は、糖鎖付加とがんの複雑な関係を解明していくでしょう。グリコシル化パターンの逸脱を標的とすることで、がん研究は、現在の不十分な治療法のボトルネックの克服に一歩近づくことになります。

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レクチンの歴史、レクチンアッセイの方法、原理などについては、以下のレクチンガイド(Lectin Application and Resource Guide)も併せてご参照下さい。


VEC社 Lectin Application and Resource Guide

参考文献

  1. Burchell, J.M., et al., Biochem. Soc. Trans., 46(4), 779~788 (2018). [PMID: 29903935]
  2. Venturi, G., et al., Glycobiology, 29(10), 684~695 (2019). [PMID: 31317190]
  3. Duffy, M.J., Ann. Clin. Biochem., 36(Pt 5), 579~586 (1999). [PMID: 10505206]
  4. Sok, D., et al., Anal. Bioanal. Chem., 393(5), 1521~1523 (2009). [PMID: 19145430]
  5. Nie, S., et al., J. Proteome. Res., 13(4), 1873~1884 (2014). [PMID: 24571389]
  6. Song, L., and Linstedt, A.D., Elife, 6:e24051 (2017). [PMID: 28362263]
  7. Costa, A.F., et al., Trends Cancer, 6(9), 757~766 (2020). [PMID: 32381431]
  8. Arriagada, C., et al., Cell Adh. Migr., 13(1), 13~22 (2018). [PMID: 30015560]
  9. De Bousser, E., et al., Hum. Vaccin. Immunother., 16(10), 2374~2388 (2020). [PMID: 32186959]
  10. Xia, L., et al., Cell Chem. Biol., 23(12), 1515~1525 (2016). [PMID: 27889407]
  11. Mettu, R., et al., J. Biomed. Sci., 27(1), 9 (2020). [PMID: 31900143]

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